横綱白鵬が語る、真央さんの引退

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【月刊・白鵬】横綱が語る、稀勢の里の激闘と「浅田真央の引退」
投稿日時:2017.04.30  執筆者:武田葉月
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/othersports/other/2017/04/30/___split_12/index_3.php

 横綱の強さを見せつけた稀勢の里の活躍は、先輩横綱として頼もしく感じましたし、私も改めて「がんばらなければいけない」という気持ちが強くなりましたね。

 春場所が終わると、春の巡業が行なわれました。私はその前半を休ませていただいて、母国モンゴルでケガの治療に専念していました。

 その間、ヨガに取り組んだり、軍隊向けのトレーニングをしたり、結構ハードなリハビリメニューをこなしていたんですよ。今回はモンゴルでも所用に追われることなく、そうやってリハビリに専念できたことで、体だけでなく心も洗われた感じがします。

 そのおかげで、4月17日の靖国神社奉納相撲から春巡業に帯同。巡業の稽古では、宇良など若手力士に胸を出すこともできました。

 そうしたときに飛び込んできたのが、長年フィギュアスケート界を引っ張ってきた、浅田真央選手引退のニュースでした。

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浅田真央選手の引退について語る白鵬

 彼女のことについて、一番印象に残っているのは、やはり2014年のソチ五輪でのフリーの演技です。

 これまで、見ている人をあれほど惹きつける演技があったでしょうか。さらに演技を終えた瞬間の、彼女の何とも言えない表情……。努力に努力を重ねた者にしか浮かべることのできない表情だった――私には、そんなふうに見えました。

 その後、1年間の休養を挟んで復帰。次の五輪を目指していたのでしょうが、もしかしたら彼女は、彼女の代名詞であるトリプルアクセルを、自信を持って跳べなくなってしまったのかもしれません。

 ともあれ、現在26歳の彼女は、2006年の全日本選手権で優勝しているんですよね。つまり、その時点で日本一の選手です。それから、2008年には世界選手権で優勝し、2010年のバンクーバー五輪では銀メダルを獲得。前述のソチ五輪で2度目の五輪出場も果たしました。その間、全日本選手権では2006年から2015年までの10年間(2014年は休養中)で6度の優勝を飾って、世界選手権でも3度頂点に立っています。

 実に10年もの間、彼女はトップを張ってきたんですよね。そういう意味では、引退のタイミングは常に考えていたのではないでしょうか。

 私も同様です。彼女の引退を聞いて、22歳で横綱に昇進したときのことを思い出しました。

 横綱という地位は、一度昇進したら降格はありません。要するに、後戻りはできないわけです。結果が伴わなければ、辞めなければいけないという厳しい地位です。

 ですから、当時の私は一日、一日を、横綱として務めることで精一杯でした。5年後の自分を思い描くこともできませんでした。25歳になったときでも、「きっと、29歳か30歳ぐらいで引退するんだろうな……」と漠然と考えていたくらいです。それからすると、32歳になった今でも現役を務めているということは、自分でも不思議なくらいなんですよ。

 彼女の10年間も、苦しいことの連続だったと思います。それでも、リンクを降りたときでも、まるで苦労などしていなかったかのように、常に明るい笑顔を見せてくれていました。

 そんな折、私が新横綱となる場所前に受けたインタビュー記事を、改めて目にする機会がありました。そこで、私はこんなことを言っているんです。

「横綱は土俵では強く、土俵の外ではみんなに優しくしなきゃね」

 ちょっと驚きましたね。あまり公言していないのですが、実はこれが私の心の中のモットーだからです。

 土俵とリンクの違いはあっても、真央さんも同じ思いで、だからこそ、彼女は多くの人々に愛されたのでしょう。引退発表の際にもさわやかな笑顔を振りまいていた真央さん、長い間、本当におつかれさまでした。

> 努力に努力を重ねた者にしか浮かべることのできない表情だった――私には、そんなふうに見えました。
本当に血の滲むような努力をしてきた人にしか分からないだろうなあ。異なるスポーツだけど、本物は本物を見る目がある。頂点を極めた人は言う事が違うね。白鵬さんはさすがだなあと思うコラムでした。
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