浅田真央の引退が心に響いた理由

日経ビジネスオンライン
青島健太「スポーツ社会学」
浅田真央の引退が心に響いたわけ
世界と戦い続けた時代のアイコンも目標を失う
投稿日時:2017年4月15日(土)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/122600093/041400015/

 深夜、外資系の会社に勤める旧友から携帯にメールが届いた。

 フィギュアスケート・浅田真央の引退を知って驚いている内容だった。彼がどれほどの浅田ファンだったのかは知らないが、海外を飛び回る仕事をしていながらもずっと気になる存在だったことは確かだろう。そうでなければ彼女の引退を受けて深夜にメールなどしない。

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「この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたい」。4月12日の引退会見で涙を浮かべることもあった浅田真央さん。(写真:ロイター/アフロ)

浅田真央とは何だったのか?

 かく言う私もそうだ。

 自分の娘より若い女性スケーターをこれほど長く追いかけることになるとは思っていなかった。折あるごとに彼女の活躍を取り上げて、原稿を通じて泣いたり笑ったりしてきた。浅田真央の代名詞「トリプル・アクセル」は、伝家の宝刀であり、諸刃の剣であり、世界を感動させる武器であり…、さまざまな意味において私がスポーツ評論で使う重要な言葉にさえなっていた。

 彼女のスケーターとしてのすごさや、純真なパーソナリティーについては、これからたくさんのメディアが報じることになるだろうから、本稿でそこに触れるつもりはない。

 考えたいのは、「浅田真央とは何だったのか?」という存在そのものの理由だ。

 おそらく彼女は、「時代のアイコン」だったのだろう。

 戦後の日本。復興の象徴として活躍したプロレスラー・力道山は、外国人レスラーに空手チョップをお見舞いして日本再建のイメージを多くの人に届けた。

 日本経済が高度成長期を迎えた頃に強いイメージを背負って躍進したのは9連覇の巨人であり、その主役は明るさと勝負強さの象徴である長嶋茂雄と世界スケールのホームランを打ち続ける王貞治の両人だった。

 平成になってからの時代の象徴は、メジャーリーグの扉を開けた野茂英雄であり、ヤンキースで4番を任された松井秀喜であり、現在ではピートローズを抜いて世界最多のヒットを打ち続けているイチローが務めている。

 本コラムでも取り上げたサッカーのカズ(三浦知良)も、いち早く海外でのプレーを求めてブラジルやイタリアでプレーし、50歳になった今でも日本人が求める勤勉と美徳を背負って「時代のアイコン」となっている一人だろう。

不運から立ち上がる姿勢が国民の希望に

 浅田真央が背負ってきたものは何なのか?

 多くの人が彼女に何を投影してきたのか?

 それは抜群の才能と天性の明るさを持ちながらも、何故か五輪というひのき舞台では結果に恵まれなかった彼女の歩みに起因するのだろう。

 2006年トリノ五輪は、出場年齢に数か月足りず滑ることができなかった。2010年バンクーバー五輪は、韓国のキム・ヨナに僅差で敗れて銀メダル。雪辱を期した2014年ソチ五輪では、ショートプログラムで出遅れたものの、フリーでは世界中を感動させる完ぺきな演技を見せた。しかし結果は6位に終わった。

 あと一歩のところで涙を飲みながらも、諦めることなく這い上がってきた。しかもいつでも前向きにエレガンスを忘れることなく…。

 誰かを恨むことやネガティブな発言も一切なく、必ず笑顔で立ち直ってきた。そんな彼女の生き方(競技生活)に多くの人が共感し、自分たちの置かれた状況とだぶらせて浅田さんの戦いを見ていた。

 何があってもへこたれない。この閉塞感の漂う今の時代に「浅田真央という存在」が多くの人にとって希望であり、世界への架け橋であり、生き方のテキストだったのだろう。だから、男女を問わず年齢を問わず、多くの人が彼女に関心を寄せてその活躍を見守っていたのだ。

五輪出場の目標消え、気力が限界に

 その「時代のアイコン・浅田真央」もついに引退。何とも言えない寂しさが伴うのは当然のことだ。しかし、時代は次なるアイコンを作り出すことになるだろう。それが誰なのか、どんな人なのかは、この時代しか知らない。

 浅田さんは、引退を告げたブログにこう綴っている。

 「去年の全日本選手権を終えた後、それまでの自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました」

 自分を支えてきた目標とは、やはり五輪という舞台だったのだろう。若手の台頭もあり、全日本選手権の結果により日本代表から外れたことによって、彼女の五輪出場は事実上途絶える形になっていた。彼女がスケーター・浅田真央であり続けられた理由は、やはり目標とするものがあったからなのだ。それがなくなると、世界の浅田真央ですら滑れなくなってしまう。これは私たちにとっても、考えるべき、そして忘れてはいけない心と体のシステムといえるだろう。

 ただ、浅田さんは目標の大切さをちゃんと知っている。だから最後には、こう言って引退表明を締めくくっている。

 「これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の通過点だと思っています。この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたいと思っています。皆様、今までたくさんの応援、本当にありがとうございました」

 まだ26歳の彼女だが、「時代のアイコン・浅田真央」を見事に演じ切って、爽やかに次の人生に向かった。

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このコラム、何か何とも言えないモヤモヤ感がある。浅田真央は「時代のアイコン」として作り出されたものとは思えない。フィギュアスケートというマイナー競技から、日本中に名前が知れ渡り、フィギュアスケートブームを巻き起こした。

大人は観戦するだけのスケオタが増えて、子供はスケート教室に通う子供で溢れて、順番待ちとなったスケートリンクもあるぐらい。

コラムに挙げられている国民的ヒーローは、プロレスラー・力道山、長嶋茂雄、王貞治、野茂英雄、松井秀喜、イチロー、サッカーのカズ(三浦知良)。野球選手が多い。

力道山は在日なので、戦後の復興期に日本人を勇気付けた功績は大きいけど、何だかねえと思う。王貞治氏は台湾の内省人なので、その点はいいとして、国籍はまだ台湾のまま。こんなに長く日本に住んでるのに帰化しないのはなぜなんでしょうね。

松井秀喜氏と三浦知良氏も在日説があるよね。ただの偏見かもしれないけど、顔立ちも純日本人とは思えない。

女子のスポーツ選手がアイコンとしていなかったのは、女性のプロスポーツ選手がいなかったし、ごっつい男みたいな人は国民的に人気になり得ない。真央さんのように妖精さんタイプの人じゃないとここまで人気者になれなかった。

それで、次なるアイコンを作り出そうと躍起になっている某広告代理店の差し金のニオイがプンプンする。新しいスターを創設しないと、商売にならないからねえ。

真央さんは確かに「時代のアイコン」になり、かなり稼いだ。でも、本人はお金の事なんて、一切考えてない。フィギュアスケートにひたすら打ち込んできただけ。スケートを滑るのが楽しくて仕方なかったから、ここまでやって来ただけのこと。

真央さんのご両親も真央さんを金づるとして育てたのではなく、本人がやりたい事を後押ししてやってただけ。本人が嫌がるのを無理矢理やらせていた訳じゃない。子供の意志を尊重して、大らかに育てていった。

真央さんは自然に出来た「時代のアイコン」であって、作為的なものじゃない。その自然さはどう頑張っても、なかなか他の人には伴わない。今後「時代のアイコン」はそう簡単には現れないでしょう。
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