「枠取りに貢献したい」

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フィギュアスケート、氷上の華
平昌五輪会場で『君が代』を流した17歳。 新四大陸女王・三原舞依、強さの秘密。
投稿日時:2017/02/22 11:35  執筆者:田村明子
http://number.bunshun.jp/articles/-/827483

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国際大会において総合で200点超えを果たした選手は、安藤美姫、浅田真央、宮原知子に次ぐ4人目という快挙だった。

 来季の平昌五輪の会場となる江陵アイスアリーナに、『君が代』が流れた。

 流したのは、優勝を期待されていた男子シングルではなく、女子シングルの三原舞依だった。舞台は来年の五輪のテストイベントとして開催された四大陸選手権。若手のホープとはいえ、まだまだ国際的には名前を知られていない17歳の彼女の、初挑戦にして初タイトルである。

「自分が1位という立場にいることが、まだ信じられません。夢のようです」と三原は、優勝会見で頬を紅潮させた。

 衝撃だったエース宮原負傷のニュース。

 四大陸選手権が開催される1週間前、昨年のチャンピオンである宮原知子欠場のニュースが流れ、関係者の間に衝撃が走った。診断は左股関節の疲労骨折で全治4週間。3月末にヘルシンキで開催される世界選手権には出場する予定という。

 四大陸はともかくとしても、ヘルシンキ世界選手権は平昌五輪の出場枠がかかる、4年間でもっとも大事な世界選手権である。

 日本女子の来季の五輪3枠はどうなるのか――それは当然の懸念だった。

 長い間日本女子を率いてきた浅田真央は、怪我で今シーズンは彼女らしい滑りが見せられなかった。樋口新葉など有望な新人が伸びてはきているが、シニアのトップクラスでどこまで戦うことができるかは、まだまだ未知数である。女子はこのところ、圧倒的に安定感のある宮原頼みというのが現実だったのだ。

 SPでは、まだ4位スタートだった三原。

 四大陸選手権には、宮原の代わりに第1補欠だった本郷理華を加え、樋口新葉、三原舞依と3人が出場。エースの欠場により優勝は難しくなったが、メダルは取れるだろう……そんな予想の中で開催された五輪テストイベントだった。

 三原のSPはノーミスの演技だったが、惜しいところで4位スタートとなった。

 滑走順が早目だったこと、そしてまだシニア国際試合の1年目ということもあり、5コンポーネンツが今ひとつ伸びなかったためもある。

 だがフリーで三原は確実に表彰台に上がるだろう――そんな予感があったのは、公式練習を見ていたからである。

 どう見ても女子全体の中で、もっとも調子が良いのは三原だった。滑りに勢いがあり、ジャンプの失敗がほとんどない。

 予想通り、フリーに入ってベテランのケイトリン・オズモンド(カナダ)などが崩れていく中で、三原は『シンデレラ』のプログラムをノーミスで滑り切って、見事逆転優勝を果たした。

 三原が圧倒的な集中力を身につけることができた理由。

 小学生のころから指導をしてきた中野園子コーチは、三原の最大の長所は集中力だと明かす。

「ここぞというところは集中して、どんな大舞台でもノーミスにしますので、それがすごいなと思います」

 今シーズン、シニア国際試合のデビュー戦だったネーベルホルン杯で優勝。初挑戦のスケートアメリカでは3位に入った。全日本選手権でも本田真凜、本郷理華らを抑えて3位に食い込み、四大陸、世界選手権の代表に選ばれた。

 今大会で優勝したことには驚いたものの、ノーミスで滑ったことそのものは、中野コーチにとって驚きではなかったという。

 日本でのシビアな育成環境が、逆に三原を強くした。

 その強さの秘訣のひとつは、トレーニング環境にもある、と中野コーチは語る。

「うちは練習時間があまり長くない。(生徒が)たくさんいますので、音楽合わせは失敗したら、そこで止めて次の子になります。(自分の曲を最後まで)かけたかったら全部跳ぶしかない。シングルジャンプの時からそう育ててきた。普段から失敗が少ない子は、本番でも失敗が少ないですね」

 自分の曲かけのチャンスは1日1度。時間の長い日でも、2度がせいぜいだという。

 アメリカやカナダなどでは、トップ選手たちはリンクを数人の貸し切り状態でトレーニングをし、思う存分曲かけのランスルーを行える環境にいる。だがそういった恵まれた環境ではなかったことが、逆に三原の集中力を養い、本番に強くしたに違いない。

 1万人に1人という難病を乗り越えて……。

 三原は2015年12月、バルセロナでジュニアGPファイナルに出場した後、体の不調をうったえた。

 日本スケート連盟の医師に勧められて精密検査を受けると、若年性の特発性関節炎と診断された。1万人に1人の難病だという。

 今から1年前の三原は、滑ることはおろか、立つことすらできなかったのだという。

「復帰できたのは、周りにいる人たちが支えてくれたため。私1人ではここまで来られなかったので、感謝の気持ちを忘れずに滑りたい」と語った三原。

 再び氷の上に戻ってくることができた三原は、以前よりも滑ることのできる喜びを強く感じているという。

「今シーズン、スケートが楽しいという気持ちを表現しようという気持ちになれた。それが一番良かったと思います」

 「枠取りに貢献したい」と意欲を語る。

憧れの選手は、浅田真央。

 バンクーバー五輪とソチ五輪の彼女の演技を見て感動し、テレビの前で拍手が止まらなかったという。その浅田は今季怪我で、世界選手権の代表から漏れた。憧れの先輩の代わりに三原自身が、日本の期待を背負って世界に立ち向かう立場にいる。1カ月後には、ヘルシンキでロシアなど欧州勢も含めた世界のトップ選手との戦いが待っているのだ。

「(ここで)自分の目標だった200点を出したのは嬉しいけれど、たまたま1位になれただけ。トップ選手に近づいていくためには、スケート技術など表現の面でもっともっと向上していかないと。安心せずここからが新たなスタートだと思って、もっともっと練習をしていきたいです」と意欲を見せる。

 もう1人の世界選手権代表、樋口新葉はこの大会では本来の実力が見せられず、総合9位に終わった。日本女子の五輪の枠取りが懸念されていた中で、ここで三原がとった金の価値は大きい。

「少しでも宮原さんと一緒に枠取りに貢献できるように、練習していきたいなと思っています」

> 「うちは練習時間があまり長くない。(生徒が)たくさんいますので、音楽合わせは失敗したら、そこで止めて次の子になります。(自分の曲を最後まで)かけたかったら全部跳ぶしかない。シングルジャンプの時からそう育ててきた。普段から失敗が少ない子は、本番でも失敗が少ないですね」
これはすごいねえ。失敗したら曲かけ中止だったら、失敗しないように必死になる。メンタルが弱い子は強迫観念になってフィギュアスケートを辞めちゃうだろうけどね。

三原選手の場合は集中力がついたということは、中野園子コーチのやり方が三原選手に合っていたんでしょうね。

2/22 三原選手 帰国 おはようこーる

2/22 三原選手 帰国 おはようこーる 投稿者 musiclove146

三原選手の憧れの選手が真央さんというのは合点がいく。真央さんはいつも笑顔でニコニコとインタビューの受け答えの感じが良い。負の感情を感じさせない立派な対応。美しい姿勢で謙虚な態度。練習熱心。何より言い訳しない。真央さんは老若男女年齢問わず模範となる人。

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三原選手はキスクラで脚を閉じて座るようにしているし、四大陸選手権で帰国の途に着いて空港で待ち構えたマスゴミに向かってインタビューに応えている姿も姿勢も良く、受け答えも17歳にしては非常にしっかりしている。三原選手は謙虚で好感が持てる選手。

日刊スポーツ
三原舞依「信じられない」初200点超え劇的逆転V
配信日時:2017年2月19日9時55分 紙面から
http://www.nikkansports.com/sports/news/1781109.html

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女子フリーの演技を終えてガッツポーズする三原(撮影・山崎安昭)

<フィギュアスケート:4大陸選手権>◇18日◇韓国・江陵◇女子フリー

 シニア転向1年目の女子の三原舞依(17=神戸ポートアイランドク)が、劇的な初出場優勝を果たした。フリーで134・34点をマークし、自身初の200点超えとなる合計200・85点でショートプログラム4位から逆転した。日本女子の初出場Vは08年浅田真央以来。関節が痛む病気で約1年2カ月前は病院のベッドの上にいたが、来年の平昌五輪出場3枠が懸かる世界選手権(3月29日開幕、ヘルシンキ)へ希望の星になった。今日19日は男子フリーが行われる。

 17歳の三原が1年後の五輪会場でセンターポールに日の丸をあげた。SP4位からの逆転優勝。「自分がこの位置なのが、信じられない」。表彰台でバンクーバー金メダリスト金妍児氏から花束と祝福の言葉をもらっても上の空だった。君が代を歌い、じわじわと実感がこみ上げる。「日本のために私ができることができたかな」。昨年女王のエース宮原が欠場する中、10年連続の日本女子の表彰台を守った。

 初出場とは思えない、堂々の演技をみせた。冒頭のルッツ-トーループの連続3回転ジャンプを見事に決めると、すべての要素を軽やかに柔らかく、最後までつないだ。ノーミスのうれしさから演技後は両手を胸にあて、クルクルと回った。さらに200・85点の数字を見ると「キャー!」と絶叫。「夢のようです」。日本人では浅田、安藤、宮原に続く4人目の合計200点超えとなった。

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 一昨年12月に関節が痛む病気を発症した。今でも2種類2錠ずつの薬を1週間に2度飲まなければならず、その度に眠気とだるさに襲われる。月に1度、2時間の点滴を打つなど一日中病院で過ごす日もあり、冬場は関節がこわばりやすくなる。それでも「負けたくない」。防寒の下着を着込み、ウオームアップを入念に行うなど病と向き合いながら練習を積んでいる。

 1年前の今ごろは、歩くのがやっとだった。だからこそ、滑ること自体を「幸せ」と思える。フリーの演目「シンデレラ」は中野コーチが復帰のシーズンをハッピーエンドにできるように、と選んでくれた曲だった。

 五輪の出場枠取りがかかる世界選手権ではさらに激しい戦いが待つ。「まだ、スケーティングも表現もトップ選手と差がある。あと1カ月磨いていきたい」と気を引き締めた。「五輪に出られる選手になって、ここに帰ってきたい」。シンデレラストーリーはまだ続く。【高場泉穂】

 ◆三原舞依(みはら・まい)1999年(平11)8月22日、神戸市生まれ。8歳で浅田真央に憧れ、スケートを始める。15年12月のジュニアGPファイナルで6位に入ったが、その後に関節が痛む「若年性特発性関節炎」を発症。車いす生活を乗り越え、16年全日本選手権3位、今年3月の世界選手権代表。兵庫県立芦屋高2年。趣味は音楽鑑賞。154センチ。

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4大陸選手権の日本女子の表彰台

> 「日本のために私ができることができたかな」。
四大陸選手権のメダルセレモニーでは日本国家をしっかり歌っていた。まだ若いのに国を背負うという気概が感じられるので、本当に偉いなあと思う。

三原選手は四大陸選手権で優勝するまでは、無名でノーマークの選手だった。本人も気楽な気持ちで試合に望めたはず。今回は宮原知子選手が股関節の疲労骨折で欠場したため、若干の負担はあったとは思う。

四大陸選手権を弾みにして初出場のワールドで良い順位に入り、日本の女子シングルを3枠キープしたいところだ。でも、四大陸で優勝したばかりに、試合は違えどディフェンシブ・チャンピオンになり、プレッシャーで潰れないといいんだけどと心配している。

三原選手は1万人に1人という難病になり、一時は歩けなかったのに、スケートができるまで回復したのだから、その喜びでいっぱいなのだろう。なので、緊張よりも滑る嬉しさの方が上回っているようなので、ひょっとしたらワールドも期待できる結果を出してくれるかもしれない。

宮原選手の股関節の具合は大丈夫なのだろうか?回復が見込めるのだろうか?まだ治ってないのに、無理してワールドに出場して悪化したら、宮原選手は来シーズン棒に振ることになる。あまり無理しないで欲しい。

もし、世界選手権までに宮原選手のケガが治らなかった場合、誰を代表にするのだろう。2016年の全日本選手権はジュニアの選手の台頭だった。本郷理華選手か村上佳菜子選手のどちらかなのかなあ。

来月のワールドは五輪の代表枠が決まる大会なので、日本女子の3枠保持を頑張って下さいね!
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