「卑怯力」の秘密②

①からの続き~L(‘▽‘)/

世界大嫌韓時代 (MSムック)
世界大嫌韓時代 (MSムック) ムック – 2015/12/19

第4の力「卑怯力」

 一時期話題になったベストセラー本で『老人力』(ちくま文庫)がありました。著者は、先だって物故された美術家の赤瀬川源平氏です。この中で赤瀬川氏は、年齢を重ねるとともに誰にでも現れる、物忘れや視力の低下といった種々の現象を「老人力」という言葉に置き換え、「老いた」ではなく「老人力がついた」とポジティブな解釈で捉えることを提案しています。まさに発送の転換です。この本が高齢者社会のバイブルといわれたゆえんでしょう。

老人力 全一冊 (ちくま文庫)
老人力 全一冊 (ちくま文庫) – 2001/9
赤瀬川 原平 (著)

 その上で赤瀬川氏から発想の一片をいただくことにしました。それがタイトルにもある「卑怯力」という言葉です。

 韓国チームは「卑怯力に優れている」、韓国は日本より「卑怯力で勝る」という具合に使います。逆にいえば、日本チームは韓国チームに比べ「卑怯力に劣る」のです。現に「卑怯力」では日本は、韓国チームの足元にも及ばないという事実を、数々の大会で思い知らされたものでした。

 「卑怯力」という言葉にまだ若干抵抗があるという場合は、「H力」でも、語源まで遡って「比興力」でもかまいませんが、要するに韓国人アスリートに天性として備わった第4の力があると仮定するのです。ここでは一応「卑怯力」の語で統一させていただきます。

 昔から日本では、スポーツの真髄を心技体と言い表してきました。要するにアスリートに不可欠な、精神力、技術力、体力(身体能力)の3つの要素のうち「心」(精神力)を筆頭に置くところが実に日本らしいと思います。西欧のスポーツ理論では、これが逆で、体技心の順番になるでしょう。まず、身体能力を自己の最高値まで高め、技術力の向上をはかり、最後にイメージ・トレーニングを含めたメンタル部分の鍛錬というわけです。

 明治以降、近代スポーツを導入して以来、日本は常に「体力」の壁に泣かされました。同じ競技で争う場合、どうしても体格、パワーで勝る欧米選手に比べ不利は免れず、ゆえに精神力、技術力でその不利をカバーする方向に日本のスポーツは進化していったのです。ときに軽い揶揄をこめて根性主義などともいわれます。

 その象徴的存在だったのが、1964年(昭和39年)東京五輪の「東洋の魔女」と異名を取った日本女子バレーボール・チームでした。

 大松博文監督の「俺についてこい」式の根性主義の下、柔道の受け身にヒントを得たという回転レシーブなどの日本人ならではの小回りを利かせた各種テクニックを駆使し、みごと強豪ソ連チームを破って金メダルを獲得、世界をうならせたのでした。

 つまり、10点満点として、「体力(4)、技術力(3)、精神力(3)」が平均的な欧米選手(チーム)であるとすれば、日本選手(チーム)は「体力(2)、技術力(4)、精神力(4)」でこれに挑んできたのです。

 翻って韓国はといえば、体躯は日本人選手とそんなに変わりませんが、しかし、彼らには今いった「卑怯力」という第4の「力」がデフォルトで備わっています。「体力(2)、技術力(3)、精神力(3)、卑怯力(2)」とすればどれだけで10点です。大変有利ということになります。時に卑怯力は(4)の場合もあるでしょう。

 では、日本も彼らに見習って「卑怯力」を養えばいいかといえば、やはりそれは美意識や価値観というものが阻んでしまいます。世界有数の「卑怯力」を誇る韓国に、「卑怯力」なしで対抗するのですから、最初から苦戦を覚悟しなくてはいけません。やはり、日本人にはよくも悪くも根性主義がお似合いのようです。

韓国人連盟会長で変わる女子フィギュア

 女子フィギュア・スケートの埜国際大会では、毎度のように韓国選手の疑惑の採点がとりざたされますが、その不可解な加点ぶんを「芸術点」ならぬ「卑怯点」と認識すれば、また違った見方ができるかもしれません。

 さらに一歩進んで、今後、国際スケート連盟の会長に韓国人が就任したことを念頭に、「卑怯点」が正式に導入される可能性についても語るべきでしょう。もし、それが実現したのならば、「卑怯」は競技を構成する重要な要素となり、「正々堂々としていないこと」でも「卑怯な行為」でもなくなるわけです。

 「華麗なる卑怯」「流れるような卑怯美」「氷上の卑怯芸術」などというスポーツマスコミ用語も生まれているかもしれません。

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 問題はそのとき、日本がどこまで美意識というハードルを乗り越え、「卑怯力」を身につけることができるかということです。これは日本選手の新たな試練、課題となることと思います。

 2018年平昌冬季五輪、2020年東京オリンピック、2018年サッカー・ワールドカップ・ロシア大会、2022年同カタール大会・・・・・・これからも韓国アスリートは、熱い卑怯スピリットで世界を魅了してくれることでしょう。

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但馬オサム 文筆人)

「華麗なる卑怯」「流れるような卑怯美」「氷上の卑怯芸術」

蕎麦国にはもう小作資金は残ってないでしょう。新しく出てきたジュニアの子はホラマサには出られない。ヘジンとソヨンはアンダーを使っても台乗りできない。したことがない。

北京五輪にユヨン棒が出て台乗りできるように、ホラマサ後の四年間をぜひ頑張って下さいまし。益々、フィギュアスケートがつまらなくなるわ。もう完全に見る気力さえなくなった。試合結果を見てふーんという状態。

私の子供の頃からの娯楽がまたひとつなくなってしまったよ。

ホラマサはバ韓国の選手が表彰台に乗るのをホルホルしながら見るのを楽しみにしているだけのことでしょう。それは2014年アチャー大会で十分証明されたよ。そんな下らない野望&欲望のために、世界中の選手と観客に迷惑をかける。

それにしても、但馬オサムさんの文章は面白い。そして、蕎麦国への解釈がポジティブすぎる。恐らく、もう沸点を超えて、諦めの境地に達していらっしゃると思う。

それで、テョン国の被害を受けて苦しんでいる人のために、ストレスを軽減するための方法を提言して下さっているのでしょう。あかん国が係わった採点競技は全て死んでいくんだ。
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