スルースキル①

東洋経済オンライン
浅田真央を復帰に導いた「感情コントロール」
「後悔」は一生自分を攻撃し続ける原因になる
投稿日時:2015年05月24日
http://toyokeizai.net/articles/-/70647

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小林 浩志 :日本アンガーマネジメント協会 理事
日本アンガーマネジメント協会 理事
青山学院大学大学院法学研究科修了(法学修士)。
横浜市戸塚区で社会保険労務士・行政書士の事務所を経営する傍ら、社会人大学院でパワーハラスメントの法的・実務的対策を研究。パワハラ防止策の有効なツールとしてのアンガーマネジメントを数多くの企業、学校、病院等へ紹介している。
・特定社会保険労務士、行政書士、第一種衛生管理者
・公益財団法人21世紀職業財団認定セクハラパワハラ防止コンサルタント(客員講師)
・一般社団法人 日本アンガーマネジメント協会認定ファシリテーター(トレーニングプロ)
・日本スポーツ法学会会員
著書に『パワハラ防止のための アンガーマネジメント入門』(東洋経済新報社)、『現場監督のための 早わかり労働安全衛生法』(共著、東洋経済新報社)などがある。

 前回は、近藤麻理恵氏(こんまり)の「ときめき整理収納法(Konmari Method)と、アンガーマネジメント的思考法の共通項を拾い出し、人生がときめく(なぜかうまくいく)論拠について考えました。

 さて今回は、「今の心境を話します」から始まる、浅田真央選手のさわやかな復帰宣言から、その意思決定に至るプロセスをアンガーマネジメント的に検証してみたいと思います。皆さんのビジネスや私生活に役立つであろう考え方も、見い出せることでしょう。

 以前は選手としての復帰について「ハーフハーフ」と語っていた浅田選手。1年以上の休養を経て、復帰を決めた理由に、筆者は「自分の気持ちに上手く踏ん切りをつけた」ことがあると感じます。

 「ワースト」と「ハッピー」のダブル想定

 スポーツに限らず、ブランクを置いて復帰することに、大きな不安はつきものでしょう。そして、不安はイライラ・怒りのもと(第一次感情)になり得ますから、上手に向き合わなければなりません。

 不安やストレスに強い人の特徴として「備える」ことに長けていることが挙げられます。では、何に備えるのか? それは「最悪の事態」にです。「最悪の事態」にうまく「備えた」アスリートの例として、ダルビッシュ有投手が挙げられます。

 それは右肘手術を決断したときのコメント。手術を受けたとしても復帰出来ない可能性があることに言及し、一方で

「強がりではなく、不安も怖さもありません。今までの野球人生に悔いはないです。もちろんファンの皆さんの前に戻りたい気持ちはあるので、色々なことを試しながら最大限の努力はします。ですが今の正直な心境は落ち着いていて、前を向いてしかいないということです」

 という心情を語っています。

 「最悪の事態」とは、ワーストシナリオ。つまりダルビッシュ選手の場合、もうメジャーリーグの投手として再生できない可能性もあることに備えたのでしょう。しかし、リハビリが順調に進むことで、エースに返り咲ける可能性はあり、また今までと違うピッチングスタイルを披露することができるかもしれません。ワーストシナリオとともに、対極にあるハッピーシナリオに備えることが、モチベーションにつながるのです。

 ワーストシナリオは、踏ん切りをつけること、そして腹をくくること。そのうえでハッピーシナリオを目指す。今、浅田選手もこのような心境にあるのではないでしょうか。

 キングカズと真央ちゃん、賢明なる共通点

 もう一つ例を挙げましょう。先ごろ、野球評論家の張本勲氏が、テレビの生番組で、48歳になってもなお現役を続ける横浜FC(J2)の三浦知良選手(キングカズ)に対し、「(J2は)野球で言えば2軍のようなもの。もうお辞めなさい」と引退を促すような発言をしたところ、三浦選手は、

 「『もっと活躍しろ』って言われているんだなと思う。『これなら引退しなくていいって、オレに言わせてみろ』ってことだと思う。(中略)張本さんが活躍されていたことは今でも覚えているし、憧れていた。そんな方に言われて光栄です。激励だと思って、これからもがんばります

 と答えました。

 この発言に、マスコミ報道やネット上で賞賛の声が集まり、三浦選手の大人の対応に張本氏は翌週の放送で三浦選手を、釜本邦茂氏や長嶋茂雄氏といった、往年のスーパースターになぞらえ絶賛することになります。

 同じような大人の対応を、浅田選手も以前しています。森喜朗・元首相が、浅田選手のソチ五輪におけるミスに対し、やはりテレビ番組で「大事なときには必ず転ぶ」と発言したことがありましたよね。

 五輪終了後、海外メディアから「森元首相の発言を聞いたときの気持ちは?」と聞かれた浅田選手は、終始笑顔で、

 「もう終わったことなので、なんとも思っていないですけど。聞いた時は、『あぁそうなんだ』と思いました

 と答えています。すると、森元首相は、「孫に叱られたようで……」とバツの悪い反省コメントを出すはめになったのです。

 三浦選手にしろ、浅田選手にしろ、超一流のアスリートは、外野からの不快なコメントをサラリと受け流す術をわきまえているのでしょう。相手と同じ土俵に上がらず、意地悪な発言に振り回されないのですね。

 アンガーマネジメントでは、怒りの感情が表出するメカニズムを「人間の心の中に『コップ(器)』があり、コップの中に様々なネガティブな感情が溜まっていって、やがて怒りになって溢れ出る」と説明しています。

 両選手は、心の器が大きく、そして怒りのもととなるネガティブな感情(第一次感情)を適宜コップから抜いているのでしょう。日本中の期待を背負う有名人だけに、周囲からの雑音が入ってくるでしょうが、両選手ともそれを上手にかわし、自分にとってなにがいちばん大事かを冷静に考えているはずです。

 ところで、第一次感情には「後悔」も含まれます。浅田選手は会見で「自然と試合が恋しくなり、達成感を感じたくなったのが一つの理由。試合に出場できるよう毎日練習している」と話しており、ここには「後悔したくない」の一念があったのではないかと思うのです。

 同じ会見の中で浅田選手は、日本スケート界の先駆者である伊藤みどりさんに「自分がやりたいと思っても、できないときがある。やりたいと思ったら、やった方がいい」と背中を押されたことも語っています。

 後悔を抱え続けてしまう人生は、とても辛い。それは「自分に対する怒りのもと」になるからです。そして怒りには「持続性」を伴いますから、「後悔」による怒りがいつまでも自分を攻撃し続ける、とても悪いスパイラルに陥ってしまう可能性が出てしまいます。

 「疑似成功再体験」が心を強くする

 そんなふうにならないために、アンガーマネジメントには「ポジティブモーメント」というテクニックがあります。気持ちが沈み、不安からイライラしそうなとき、過去の成功体験を思い出すなどして、前向きな気持ちに切り替え、心配事でもうまくいくことをイメージする。言わば「擬似的成功再体験」です。

 ソチ五輪のショートプログラムで、まさかの16位発進となった浅田選手は、背水の陣で挑むフリー演技で、「8トリプル」と呼ばれる、3回転以上のジャンプを8つ跳ぶ、女子では誰も成功させていないプログラム構成に試み、見事すべてのジャンプを成功させました。

 それにより、これまでの自己最高スコアだった136.33点を上回る142.71点をマーク。順位を入賞となる6位へ一気に引き上げました。演技後の万感の想いのこもった、何とも言えない会心の表情を忘れられないという方も多いのではないでしょうか。

 浅田選手には、「8トリプル」を決めたときのイメージをいつも身近に思い出してもらい、また「ハッピーシナリオ」「ミラクルデイ」などそのほかのアンガーマネジメント的取り組みもたくさん講じてもらい、再び私たちに氷上での「真央ちゃんスマイル」を見せてもらいたいですね。心より、応援したいです。

 アンガーマネジメントに興味を持たれたかたは、拙著『パワハラ防止のためのアンガーマネジメント入門』(東洋経済新報社)をご高覧ください。
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