15年ぶり大会で見つけた道②

日本経済新聞
伊藤みどり、鮮やか2回転半 15年ぶり大会で見つけた道
フリーライター・野口美恵
配信日時:2011/6/24 7:00
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO30779450R20C11A6000000/?df=3

気取らず、選手らと仲間に

 公式練習の4日間は、まるで氷と会話をしながら友達になっていくかのようだった。スケーティングが滑らかにスピーディーになり、ジャンプは高さを増していく。そして4日目、見事な3回転トーループを降りた。「まだまだ私、いける」

 「ミドリ・イトウが本当に出るのか」とフィギュア界では話題になっていたようだが、本人が実際に公式練習している姿を見て、出場者もスタッフもみなびっくりしていた。しかし、気取らず、普通に打ち解けてしまうのも、このトップスケーターのすごさの1つである。気軽にサインや写真撮影に応じ、顔見知りになった選手には「グッドラック!」と毎日声をかけていた。

 残念な知らせもあった。48歳ながらダブルアクセルを跳ぶ、アダルトスケート界の星である米国選手が、ケガで欠場することになったのだ。みどりさんのクラスで優勝候補だった。

 「私が出ると聞いて、無理に練習したに違いないわ。彼女の滑りを見たかった」。みどりさんの目から涙が落ちた。

ケガそして年齢との戦い

 アダルトスケーターは、ケガとの戦いだ。その場面を次々と目撃することになる。強度のヘルニアで、杖(つえ)がないと歩けない30代の選手には驚かされた。2分10秒の渾身(こんしん)の演技を終えると、リンクサイドに崩れ落ちる。両脇を友人らに抱えられ、そのまま約2時間、微動だにできずに荒い息を繰り返していた。

 「あんなに身体が悪くても、スケートが好きで、氷上で素晴らしい演技をできる人がいるなんて。私が知らなかったスケートの世界がある」

 60代、70代のスケーターは、みんな膝や腰にサポーターを巻きながら、深いシットスピンや高いジャンプに挑む。

 「すごい、すごい。恐るべし、世界の70歳!」

 驚きすぎて、みどりさんら日本チームのみんなで笑ってしまったほどだった。

 男女、ペア、アイスダンス。世界各国・地域からのべ377選手・カップルが出場した大会。1~3日目までに、私とみどりさんを除く日本人6人が出場。みどりさんは日本の全選手を観客席で応援し、キス&クライではコーチさながら得点を待った。会場に来ている誰もが知っている「ミドリ・イトウ」である。これほど心強い応援者はなかった。

「川のささやき」に乗って

 「チームジャパンとして一体になって頑張ることがすごく楽しい」

 おそろいで作ったジャパンのジャージーには、東日本大震災で亡くなった方を追悼し、全員で喪章をつけた。

 大会最終4日目を迎えた。私の出番は、みどりさんの約3時間前。「試合前だから来なくていい」と何度も念押ししていたが、義理堅いみどりさんは観客席の一番前で拍手を送っていた。

 そして私の短い1分40秒が終わる。目標の30点を超える33.87点、そして「1位」の順位が出ると、みどりさんの目が潤んでいた。1回転ジャンプレベルの私の順位にさえ感動できるのは、彼女の純粋さに他ならない。「つけマツゲが取れちゃった」と笑った。

 「ミドリ・イトウ――。ジャパン」。聞きなれた、そして懐かしい響きが会場にアナウンスされたのは午後2時45分だった。雨が上がり、雲間から差し込む光が、会場をほんのり明るくする。大歓声、そして静寂。みどりさん自ら選んだ、辻井伸行のピアノ曲「川のささやき」が流れる。

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優勝したジャンと互いをたたえ合うみどりさん

会場全体を幸せに

 冒頭のダブルアクセルに誰もが何かを期待していた。そして空に向かってみどりさんの身体が浮き上がった。スピード、高さ、飛距離、パワー、そして笑顔。続いて大歓声……、たった1本のジャンプで、会場内の全員を幸福にしてしまった。

 そして最後のポーズは、エッジに付いた氷を拭い胸に抱くしぐさ。「スケートを心から好きっていう気持ちを表してるの」といい、自ら振り付けた。

 演技後、次の滑走者となるカルナン・ジャン(米国)のもとに行き、抱きしめた。

「あなたも頑張って」

 同じクラスの選手は、敵ではなく友であることを、本人にもそして観客にも伝えたかった。

現役選手を超えるジャンプ評価

 得点は64.43点。昨年の最高が60.68点だったことを考えれば、予想以上の得点だった。「技の数を絞っても、今できることを、クリーンにやりたい」と話していたみどりさん。ジャンプ3つに、スピン2つにステップ1つの6つだけ。でも、演技構成点が49.20点も出ていた。

 みどりさんの次に滑ったジャンが、11の要素をうまくまとめた2回転8本を含む渾身の演技で69.97点をマークして優勝、みどりさんは2位だった。

 みどりさんが駆け寄ると、ジャンはとっさに「ごめんなさい」と謝った。「いいえ、あなたの演技が素晴らしかった」。そして私たちを振り返って言った。

 「私が知名度で勝たずに、頑張った選手が優勝して良かった。明日の新聞の見出しは決まりね。伊藤みどり負ける!」。

 みどりさんのスコアを見れば、審判5人中2人が、ダブルアクセルに最高評価の「+3」。先日モスクワで行われた世界選手権では、日本女子3選手は誰もジャンプで「+3」を得ていない。また、「スケーティング技術」に9点を出した審判がいた。同大会で9点を得たのは金妍児(キム・ヨナ、韓国)だけだ。

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スケーティング技術で9点台を出した審判も。雄大なイーグルは健在だった

「スケートの新しい魅力が広まってほしい」

 「かつて美しく滑る紳士淑女のスポーツだったフィギュアスケートは、私のジャンプ力の影響で3回転や4回転を跳ぶスポーツへと変わった。今度は、私がスケートの基本であるスケーティングやジャンプの質の大切さを示すことで、スケートを原点回帰させる役になりたい」

 その願いが審判に届いたかのような点だった。

 テレビ放送はなかったが、観客が撮影した動画がすぐにインターネットに公開された。ほんの1週間で、その再生回数は10万回超。

 「少しでも多くの人に、大会の存在を知ってもらえたかしら。来年から、もっとたくさんのスケーターや元選手が参加してくれたらいいな。そしてスケートの新しい魅力が広まってほしい」

 フィギュアスケートの伝道師。みどりさんは新たな扉を見つけ、開き、その一歩を記した。

(写真はすべて野口美恵さん提供)

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「私が2位で、野口が優勝かあ!」と笑うみどりさん(右)と筆者

||||をねじ込む日経新聞 ○| ̄|_
2011年・・・今から4年前はモスクワワールドでお買い上げ銀メダルがありましたね ┐(´д`)┌
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