ロビー活動はお手の物②

ZAKZAK
【韓国の真実】腐敗蔓延の韓国が国際社会で展開する「ロビー活動」
配信日時:2013.06.28  (リンク切れ)

 直訳すると「ロビーをする」となる韓国語がある。これは英語「ロビーイング」から来たコリアン・イングリッシュだ。

 特定の目的を達成するため、当事者あるいは影響力を持っている人物に懇請することと言えば、聞こえは悪くない。

 ところが韓国人が行う実際の「ロビー」とは、贈り物、金銭授与、あるいは脅迫…およそ手段を選ばず、対象とした人物を完全なる味方として抱き込むことを意味する。

 このうち贈り物には、生身の人間も含まれる。

 有名な女優や歌手を一晩買い上げて提供することで、韓国語では「性接待(ソンチョップテー)」と表現する。

 最近では何と、法務省の次官が土建業者から常習的な性接待を受けていた容疑で取り調べられている。

 検事が取調室で、容疑者の女性と性交してしまうぐらい“おおらかな国”なのだから、驚くに値しないかな。

 私ぐらいの年齢の人なら、1970年代に米国政界を揺るがした「コリアゲート事件」(別名・朴東宣事件)を記憶していよう。

 在韓米軍撤収の動きを抑えるため、韓国人ロビイストの朴東宣氏が展開した大プレゼント作戦だ。これには、まだ「国防のため」という“切実な目的”があった。

 しかし、その後の韓国が国際舞台で見せた「ロビー」は、「国家の生死」とは全く関係のないことばかりだ。

 例えば、スポーツ分野だけ見ても-。

 (1)1988年のソウル五輪誘致

 (2)2002年のサッカー・ワールドカップの割り込み共催と、韓国出場試合での審判の判定

 (3)フィギュアスケートのさまざまな国際大会での韓国選手の得点

 (4)2018年平昌冬季五輪誘致

 (5)五輪種目としてレスリングを押しのけてのテコンドー生き残り

 みんな「おかしい」と思っている。韓国の評論家は「裏で何があったかは決まっているでしょ」と苦笑いするばかりだ。

 今でこそコリアン・イングリッシュで呼ぶが、実態は半島伝来の不法・不道徳な贈収賄だ。

 韓国人が言う「リベート」とは、ワイロそのものだ。

 「リベートをもらえるなら、国民の生命なんてどうでもいい」とばかりに始まったのが、原子力発電所への偽造(不合格)部品の納入だ。

 これが発覚するや、韓国の原発23基のうち半分近くが部品交換のため稼働停止になり、産業界は大停電の恐怖におののいている。

 韓国企業による技術のパクリを非難する声は高まる一方だが、USBメモリーを1つ、リベートを払って手にすればパクリ完成というわけではない。実務的なノウハウ伝授の過程では、“国技”のロビーが重層的に展開されたはずだ。

■室谷克実(むろたに・かつみ) 1949年、東京都生まれ。慶応大学法学部卒。時事通信入社、政治部記者、ソウル特派員、「時事解説」編集長、外交知識普及会常務理事などを経て、評論活動に。主な著書に「韓国人の経済学」(ダイヤモンド社)、「日韓がタブーにする半島の歴史」(新潮新書)、「悪韓論」(同)などがある。

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ルールを変えて勝てるんなら、金を払えばいいじゃない?努力しなくていいなら、楽勝だよね。でも、それは面白くないよね。蕎麦国の人はスリリングな事より金で解決してアンパイな状態がいいんだね。

じゃあ、高みを目指さず、いつも同じプログラムで最初のジャンプだけ転倒しないように練習(踏み切りエラー&回転不足でもケンチャナヨ)して、顔芸もドヤかアヘの2パターンのみで済む。

競技者本人はいかにストレスに打ち勝つかで、コントロールが大変だと思う。練習も身体が疲労酷使する程してはいけない。観戦する側からすると、競技者が勝ったり負けたりするから面白い。技を競う競技なら新技を見れるから面白い。スポーツの醍醐味は、常に一定じゃないのが面白味なのではないのだろうか?

メダル(しかも金メダルのみ)を国に持ち帰り、「ウリ民族の誇りホルホルー♪」という一連の儀式を経て、その後は一体という感じがする。記録は残るけど、記憶は残らない。そのたった一瞬の記録のために大枚叩くってアホの極みだと思う。数百年後に、ああ無駄な国家予算の使い方だなあと思う日がいつか来るよ。

どちらに価値を置くか?という話だよね。記録は袖の下で買えるけど、記憶は買えない。人の心は金では買えないんだよね。人の心の中までは支配できないもの。金メダルだから素晴らしいとは限らないじゃない。それを無理やり良かったと言わせるのかしら。

勝ちさえすれば感動は要らないんでしょう。金メダルしか価値がないというのは、スポーツに感動が要らない証拠だと思うけどね。それだけ、蕎麦国は十人十色という考え方がなく、皆一緒という息苦しい社会なのでしょうね。いや、世間があってまだ社会が存在しないんだよ。
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