フジテレビデモの原因②

反日メディアの正体 「戦時体制(ガラパゴス)」に残る病理
反日メディアの正体 「戦時体制(ガラパゴス)」に残る病理 単行本 – 2013/12/14
古谷 経衡 (著)

Ⅱ 韓流でみえた「反日メディア」の病理

 自主規制された「日の丸」

 なぜフジテレビは、浅田真央に対する不当とも思える報道演出を繰り返したのだろうか。当時のインターネット界隈では、不可解なこのフジテレビの所作に対して、その原因を「フジテレビは在日(朝鮮・韓国人)に支配されているから」といった人種論に求めるものが多かった。番組のディレクターやプロデューサーが、在日朝鮮・韓国人であり、なるほど自らの母国が生んだスター選手であるキム・ヨナを過度に持ち上げている、というのは理由を求める筋としては得心が行くように思えなくもない。しかし、私はこれは根拠のない妄想の類いであるとしか考えていない。

 浅田真央をめぐるこの問題も、実は東京五輪のときと同様、「国威発揚=悪である」という根本的な認識があったからに他ならない。日本が世界に誇るアスリートが国際舞台で活躍するのは大変結構なことだが、そればかりを礼賛してしまうような報道姿勢は、国威発揚の片棒を担ぎ、右傾化ととられ、視聴者から批判されるのではないか。このマスメディアの内部からにじみ出るある種の自主規制が、浅田のウイニングランや国旗掲揚の場面をまるで黒塗りのように削除させた真因であると思う。

 つまり国威掲揚=悪という方程式をメディアが自ら慎重に運用するあまり、「視聴者からの批判を慮って」浅田礼賛を極力控えることが善、であるという結論に達したのだ。決して番組制作者の国籍が原因ではない。

 彼らにはそもそも、配慮という以上の確固たる思想などないからこそ、視聴者の抗議を受けて、あわてて、まるで取り繕うように国威掲揚とウイニングランを放送しているのだ。彼らが民族的なアイデンティティという、損得勘定を抜きにした強固なイデオロギーによって貫かれているのであれば、局に数百件の抗議が来た程度で、簡単に自らの演出を放棄することはしないだろう。

 フジテレビは、自ら進んで偏向をしようとしていたのではなく、あくまでも視聴者に対し、その国威発揚の度合いが亢進しないよう、配慮の極みを尽くしていたのである。しかしその配慮は国民感情から全く遊離した、既成の大手マスメディアが特徴的に持つ独特の感覚であった。

 フジテレビデモの直後、関係者から聞いた話によれば、お台場のフジテレビ本社に詰めかけた一万人の抗議デモ隊を目前にし、ある局幹部が「なぜウチが非難されるのかわからない」と嘆いていたという。この発言は、彼らが確信犯的に浅田真央に意地悪な演出をしたわけではないことを如実に物語っている。ただ彼らの感覚が、市井の国民感情から遊離していた、全くの別の次元に存在していたことが原因であった。

 「日韓W杯」でも韓国推し

 韓国に関する報道姿勢が、最も国民感情と遊離した姿勢を見せ始めたのは、2010年の日韓共催サッカーW杯を契機としたものである。韓国側のラフプレーが相次ぐもお咎めなしの韓国対ポルトガルの一次リーグ、韓国対イタリアの二次リーグ。スペイン選手の二点が「無効」と判定された韓国対スペイン三次リーグ。これらの疑惑の判定は、2004年にFIFAが公式に「誤審」と認めたものだが、まるで「審判が韓国側に買収されたのではないか」という疑惑さえつきまとう不自然な判定と併せて、これらの事実を一切黙殺し、日韓大会前後に、圧倒的な韓国礼賛ムードを創り上げたマスメディアへの違和感が大きく、火ぶくれのように膨れ上がったのがこの時期だった。

 日韓W杯を契機に、韓国の異様な国威発揚を「報道規制でも敷いたかのように」取り上げなかった日本のマスコミ全般に対する不信感は、端的に既成の大手マスメディアが、国民感情と著しく遊離した存在であることを浮かび上がらせるに十分であった。

 日韓W杯以降の、日本国民による嫌韓感情の惹起と、既成の大手マスメディアとの「対韓認識」の乖離は深刻な臨界点に到達していた。実際、この時期には韓国で左派の盧武鉉大統領(当時)が「竹島切手の発行」「親日行為者の財産没収法の制定(日本統治時代に親日家だったものをリストにし、その時代に得た財産を不当利得とみなして、国家が没収する)」等、露骨な反日政策を採り始めた。しかし、日本のマスメディアはこういった隣国の「反日」を一様に黙殺し続けたのである。

 2006年10月31日には、毎日新聞に掲載された作家・石田衣良のコラム「中国、韓国と仲良くした方がいい? しなくてもいい?」での記事内容が多方面に物議を醸すこととなった。毎日新聞社がタイトル通りの問いで読者アンケートを実施したところ、有効投票の内、実に57%超が「(中国・韓国と仲良く)しなくてもよい」とした結果を踏まえた上で、石田は同記事中で次のようにコメントしている。

 「今回の答えは数字の上では、(中国・韓国と仲良く)しなくていい派が圧倒的だったけれど、応募しなかった多数のサイレントマジョリティを考慮に入れて決定させてもらいます。中国・韓国とは仲良くしたほうがいい。あたりまえの話だよね。メールをくれた“多数派”はあまり反日報道やネットの情報に踊らされないほうがいいのではないかな」

 当時、既成の大手メディアやそこに登場する知識人や文化人の中に、韓国(あるいは中国)礼賛、友好以外の選択肢がありえないという狭窄した考え方が支配的であったのは疑いようない。それは、「日本のマスメディアの中に韓国(在日)のディレクターやプロデューサーがいるからだ」という血統を理由としたものではない。

 「韓国(や中国)は、国際社会の中の弱者であり、経済的・社会的にも遅れた存在であるからことさら彼らを攻撃してはならない」というメディア側の自主規制の心理が働いたものである。だからこそマスメディアは、弱者の粗を報道するような、韓国の「反日」には目をつぶった。韓国におべっかを使っているのではない。

 「弱者である韓国は、劣った存在であるからこそ、ときとして過激で粗暴な反日も行う。しかし、大人である日本は、弱者の瑕疵を殊更取り上げるべきではない」という判断が、心の底では働いていたからである

 こういった弱者とみなした相手に対し腫れ物に触るような態度は、人権・平等・平和主義といった戦後民主主義的価値観に通呈する、ある種の「見下し」の考え方だ。韓国を一等下に見ているからこそ、我が国の既成の大手マスメディアは韓国の粗暴な面や、またそれに反発する日本人の声を黙殺した。障碍者に対し、賛美一辺倒で批判を許さない、という空気感とマスメディアによる韓国に対するそれは、驚くほどよく似ている。

 こういった、国民の「嫌韓」感情と既成の大手マスメディアとの皮膚感覚のズレが、2011年のフジテレビデモにつながっていったのである。だからこそデモ隊は、韓国大使館ではなく放送局にそのデモ行進の駒を進めたのだ。

 嫌韓感情の多くは、実は韓国に向けられたものというよりも、一般国民と突出してズレた感覚を持った、「象牙の塔」の住人であるマスメディアに向けられたものだ。

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何で日本人選手が活躍することが嫌なのだろうか?以前の日本では考えられないぐらいレベルのものすごい天才が現れたのに、こんなに若い人をいじめるなんて信じられない。勝っちゃいけないのかしらね。良い事じゃないのっ!!

才能がある人はどんどん活躍しなきゃおかしい。低いレベルの人(国)に合わせて、下げる必要はない。悪平等がいいと思っているのか、意味不明。キムチはどこに出しても恥ずかしい。

下手糞を上手い上手いと幼稚園児をおだてるようにして、どうなった?本人もまんざらではないと思っているだろうし、いや韓違い民族なので、「ウリは天才ニダ♪フフング」と思っているかもしれないよね (*´ ー ・ ・ ー `)フフング

最初の3ルッツ(フリップ)-3トウループだけ何度も何度も練習して、後のスピンスパイラルステップはおざなりにした。得意の表現力芸術性(?)もドヤ顔かアヘ顔だけ。あれでバレエを習得してるって?ふざけるなと言いたい!!
ε=(。・`ω´・。)プンスカプン!!  (-゛-メ)ピクピク  (#`-_ゝ-)ピキ  (#゚Д゚)ゴルァ!!  (#^ω^)ビキビキ
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