ソチ五輪前のメッセージ 織田信成

Number 846号 2014年1月30日発売

「みんな応援しているから大丈夫」
織田信成(プロフィギュアスケーター/コーチ)

 初めて真央ちゃんを見たのは、’01年の全日本ジュニアです。ノービスからすごい子が上がってくると聞いて見にいったんです。小学5年生ですでに何種類か3回転を跳んでいて、「世の中にはすごい子がいるねんな」と、衝撃を受けました。男子よりよっぽどうまい、軸が細く、ひざが柔らかいきれいなジャンプでした。

 話すようになったのは、’04年、ジュニアGPシリーズの遠征に行くようになってから。アメリカの初戦、ウクライナでの2戦目と真央ちゃんと同じ試合が続いたので、すぐに仲良くなりましたね。

 このシーズンはカナダで行なわれた世界ジュニアで一緒に優勝。実はこの大会まで、僕は一度も公式戦でトリプルアクセルに成功したことがありませんでした。真央ちゃんはぽんぽん跳んでいたので、「どうやったら跳べるの?」と尋ねると、「簡単だよ。こうやってこうやって、しゅーんって跳べばいいんだよ」と教えてくれました。“しゅーん”って・・・・・・と思ったけど、本番ではみごと成功!真央ちゃんのおかげです。

 今も覚えているのは、’06年のスケートアメリカ。真央ちゃんの踊る「ノクターン」を生で初めて見て、素晴らしさに圧倒されました。ジュニアの時に比べて表現力やスケーティングが段違いにうまくなっている上、スケートのやさしさやあたたかさまで伝わってくる。引退するまで僕がローリー・ニコルに振り付けを頼み続けたのは、この「ノクターン」を振付けた人だから。ローリーが引き出す真央ちゃんの柔らかさが、僕は大好きでした。

 ただ、そんな真央ちゃんがタラソワの指導を受けて、攻めるイメージのプログラムに挑戦したのも、同じスケーターとしてよく理解できます。それまでのイメージを一新して、自分をどう見せるか考え続けていたのではないでしょうか。

 よく真央ちゃんは天然と言われますが、そうは思いません。たとえミスをしても、周りが気を使わないよう、自分から先に「あー、真央失敗しちゃった」と明るく接してくれる。バンクーバーでもそうでした。いつも周囲のことを考えて気配りを忘れない、強くてやさしい女性です。

 一緒にいても、スケートのことはほとんど話しません。昨年、福岡のGPファイナルで会った時も、「夜はどこでもつ鍋食べる?」とか、そんな話ばかりです。

 今季は積み重ねた練習が強さに変わり、土台となってトリプルアクセルの思い切りの良さにつながっているように見えます。引退した僕は、一ファンとしてオリンピックを楽しむつもりです。何も考えず思いっ切り、真央ちゃんの思うとおりに滑ってほしい。それがどんな結果でも、みんな応援しているから大丈夫。

 「がんばって」は、すでにたくさん言われていると思うので言いません。真央ちゃん、オリンピックが終わったら、おいしいもつ鍋食べに行こうね。

150622-4-1.jpg

20140228フジテレビ 浅田真央 誰も知らなかった笑顔の真実
150622-4-2.jpg
150622-4-3.jpg

NAVERまとめ
浅田真央選手の演技を見て号泣する織田信成くん。
更新日時: 2014年02月21日
http://matome.naver.jp/odai/2139297689434057301

150622-4-4.jpg
150622-4-5.jpg
150622-4-6.jpg
関連記事
スポンサーサイト
page back