島根県大田市・物部神社

島根旅行3日目・2018年12月19日(水)は母の故郷である石見地方に行って来ました。物部神社に行くことにしました。

Googleで調べたバスの時刻は観光案内の午前担当のおばさん曰く、「そんなもんないよ♪」という事でした。教えていただいた時刻は全路線の大田市駅発の時刻をまとめた物だそうです。

もし物部神社から早く戻って来れて時間があれば、石見銀山の武官所から見て大田市に戻り、出雲市に帰るということにしたら?と観光案内のおばさんにプランを提案していただきました。

石見国一宮 物部神社
https://www.mononobe-jinja.jp/

恥ずかしながら一宮って何?状態だった私。大田市の観光案内の午後担当のおばさんに、「その地域で一番格の高い神社の事」と教えていただきました ヾ(´▽`*)ゞ ポリポリ

午前担当の観光案内所のおばさんとおしゃべりして時間が余ったので、朝食を摂るために隣の喫茶店に行くことにしました。ローソンが800m先にあるとのこと・・・駅前にあった「パル」というショッピングセンターは地権者が揉めて3年前に閉店したそうです。

閉店から3年経ってるのに何か新しい店が建つ気配がないとのことです。何と20年前におばあちゃんと一緒に行った店が潰れたのかあ・・・どんどん寂れて行く石見地方。

駅前からバスに乗ったのは私一人のみ。途中のバス停でお年寄りが乗って来ます。「物部神社の最寄りバス停が二つあってどちらに停まるか運転手さんに聞いて下さい♪」と観光案内のおばさんに言われました。

なので、私はバスの運転手さん「このバスは物部神社前で停まりますか?」と尋ねたら、運転手さんが「停まります」と答えて、私は続いて「13時10分の大田市駅のバスはここの線を通りますか?」と聞くと、運転手さんは「通るか把握してないけど、わしが当番だから必ず拾って行ってやる」とおっしゃって下さいました。出雲市のスサノオ観光のバスの運転手さんと同じく親切です。

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神社の前になーんにも店がありません。門前町がないのですね。寂しいですね。

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出雲地方の神社とだいぶ趣が異なりますね。

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御手水の仕方が説明してありました。こちらは昔ながらの物で自動ではないのですね。

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物部神社|出世祈願|願い・ご利益別パワースポット|縁結びパワースポット
http://www.izumo-shinwa.com/spot_dtl_mononobe.html

「主祭神、宇摩志麻遅命(ウマシマヂノミコト)は歴史の中でも有名な物部氏の祖先の神様」だそうです。

最初、物部神社の存在を島根の神社を検索していて知った時、「歴史の教科書で出て来るあの物部氏?へぇー!」とびっくりしました。ちなみに私は高校は世界史を選択したので、中学までの日本史しか知りません。大人になって勉強し直しています。

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今日は年末の厄除け大祭があるのでしょうかね?本坪鈴と鈴緒が鳴らせないようになっていました。

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そんなに見る所もないので全部写真を撮り終わって、授与所でお守りを買おうといくら声を掛けても返事がありません。仕方がないので社務所に行きました。そしたら、神主さんが出て来ました。

私が「出雲の神社は鈴がないけど、石見は鈴がありますよね?」と尋ねたら、神主さんはきょとんとしていました。私が「出雲と石見じゃ様式が違って、石見は広島に近いんですね?」と言って社務所を去りました。

Yahoo!知恵袋
島根県は出雲地方と石見地方に2分されてて仲が悪い
質問日時:2009/6/2101:55:43
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1327469698

ベストアンサーに選ばれた回答

回答日時:2009/6/2123:25:07

歴史的に見ても出雲と石見は別々の国であり、出雲国と石見国でした。
大和朝廷が出来たとき、この出雲族を見張るために石見国には物部氏が入ってきました。

国府物語
http://komatsu0513.heteml.jp/index.html

出雲族は日本神話などでもわかるように、大きな勢力を大和朝廷に譲ったとされてますが、脅威ではあったということでしょう。

回答日時:2009/6/2116:14:15

出雲弁と石見弁は全然違います。石見弁は広島弁を柔らかくしたような言葉で、地理的にみても違和感はないのですが、出雲弁はなぜか東北弁に似ています。中国地方の中で、ここだけ全く言葉が違うのです。松本清張の小説のネタにもなっていましたね。

横に長い県で交通も不便なので、そんなに交流もないようです。県庁が出雲のさらに東端にあるため、出雲にばかり金が使われ、石見人が不公平感を感じているのかもしれません。

なるほどー!謎が解けました。長浜神社に行った時、国引き神話で大国主の尊のお祖父さん(八束水臣津野命)が百済を引っ張って、出雲国と石見国と別れたとありました。

奈良の物部氏が出雲国を監視するために、大和朝廷からやって来たのですね。石見は毛利家の支配下ですが、石見国は安芸国からやって来た人達となると、出雲国に比べると新しい種族になりますね。

出雲・因幡・伯耆だけ中国地方で方言が違うんですよね。京都に近いのにズーズー弁とは不思議ですね。

今から約四半世紀前に出雲におばあちゃんの見舞いに行った際、島根医科大から旅館に戻るのにバスがなくて困っていたら、ご主人が入院中という奥さんが駅まで送って下さったんですよ。その奥さんが「~だにゃあ」と言うので、名古屋(尾張)の人と対談してもらいたいなあと思いました。「にゃあ」と「みゃあ」でぬこ語会話で可愛いと思いませんか?

物部神社の神主さん(あるいはただの神職?)といい、泊まった出雲市のホテルのフロントの父娘といい、2018年4月の大田市の地震の際にインタビューに応じていたおじさんといいたまたまなのでしょうか?島根県の人がお目々パッチリで縄文人のような顔立ちの人でした。

観光案内のおばさんにお昼ご飯を摂る場所を聞いたら、物部神社から500m離れた所に旅館があって、よく観光案内のおばさんも会合や宴会なんかで使うお料理の美味しいお店だそうです。お昼だけ摂れるか聞いて下さいと教えていただきました。

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駅前の喫茶店で軽く食事したし、駅の売店で水曜日はお弁当がお休みでパンが売ってありましたが、私はパンを食べるとお腹が張るのでパンを買わずに、かまぼこと店員さん御推奨のプリンを買って、物部神社のベンチでお昼を過ごしました。

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広い敷地ですが、何もなくて寂しい神社です。

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厄除け大祭用の荼毘に使う木材ですね。

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灯籠に「支那事変皇運武運 一周年紀念 長久祈願」と書かれていますね。

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格式が高いけれど、寂しい鄙びた神社でした。12月の寒空でお昼はちょっと身体が冷えますね。さすがに石見国の一宮なので、ちらほら参拝客がいらっしゃいました。何より、こちらの神社は出雲と違って明るい雰囲気でした。
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