犬の伊勢参り-おかげ犬②

ホィ(ノ´∀`)ノ ⌒ ①のつづきです★

千野隆司の「時代小説の向こう側」  千野隆司さんのブログ
犬のお伊勢参り
公開日時:2010年03月23日08:56
http://blog.livedoor.jp/chino17jidai/archives/51504686.html

日暮れになると人家の前に立ちます。竹筒を見て「これは参宮の犬だ」ということになり、家の中に入れて餌を与え、寝かせます。竹筒の中からいくらかの銭を費えとして取り、また心ばかりを返します。犬は出された朝飯を食べると、走り去っていきます。

 こうやって日にちを重ね、伊勢参宮を果たすのです。
 伊勢の神官は犬に気付くと、お札を竹筒に入れてやります。犬はやって来た道を、江戸へ向かって帰ってゆくわけです。

「おやハチ、姿が見えなかったが、どこへ行っていたんだ」そう言って町の人は竹筒に気がつきます。
「お伊勢参りをしてきたのか。えらいえらい」大騒ぎをして、ハチを可愛がります。

めでたしめでたしのお話です。

千野隆司さんのブログは2010年3月に書かれているので、仁科邦男さんの『犬の伊勢参り (平凡社新書)』が発売される3年も前の事だったんですね。よくこんな史実をご存知で、世の中奇特な方がいらっしゃいますね。

おかげ犬の中でも人の誘導からはぐれてしまった場合は、他所の家の前におすわりして待っていると、そこの住人がお伊勢参りの犬だと気付いてくれるんですね。何とも親切な当時の日本人。

犬に代理でお伊勢参りに行かせるというのは、犬を使役で使っていない家庭だったから思い付いた事なのではないかと思う。またぎは犬がいないと狩猟が出来ない。仏教の教えで肉食しないし、羊の放牧をしないし、ヨーロッパと違い、日本はあまり犬を必要としない文化だった。

縄文時代は狩猟採集生活なので、犬がいないと生活が成り立たなかっただろうけど、日本に文明が入ると犬をあまり必要としなくなった。しかし、隣のテョン国やシナーと違って犬を食べる事はなかった。犬を捕まえようとする絵は残っているので、食べる人も中にはいたかもしれないけれど、ニダーさんのように精が付くからと犬をなぶり殺して食べるような悪趣味はなかった。

HONZ
『犬の伊勢参り』 - 色彩を持たない動物たちと、その巡礼の道
投稿日時:2013年04月21日  内藤順(HONZ編集長)
http://honz.jp/24933

「境内に犬を入れるな」とは、古くからの伊勢神宮における決まり事であった。犬が死んだり、お産をしたり、死肉片をくわえてきたりすることも、全て穢れとされてきた。だが、その法すらも簡単に破られてしまったのである。そしてその後も、犬の伊勢参りの目撃談は、続々と頻出することになる。

だがその後は、主人が自分の代わりにと犬に思いを託して行かせたケースなども登場する。一旦飼い主のもとを離れた犬には、「えらい犬だ」「伊勢参りの犬だ」とみんなが感心して銭を施してくれる。重くなりすぎて犬も大変そうだと、周りの人が銭を運ぶ。まるでお祭り騒ぎのうちに、事が運んでしまうのだ。

日本の犬の単独旅行、最長距離記録も伊勢参りの犬によって樹立されている。幕末の嘉永年間に3年間の月日をかけて、青森・黒石と伊勢神宮との間を往復したのだ。その距離、推定で約2400Km 。しかも、このケースが凄いのは、誰かの勘違いがきっかけであったらしいということだ。

この犬を偶然見かけた人が、「もしかしたら、これが噂に聞く伊勢参宮の犬ではないか。」と思う。そこで、どこの犬か誰でもわかるようにその犬と出合った場所、を木札に書き記して首から下げ、それから道中使えるようにと銭の穴にひもを通し、首にまいてやる。これにて、立派な「伊勢参りの犬」の出来上がりというわけなのだ。

誰かが、この犬を伊勢参りの犬ではないかと思った瞬間、本当に伊勢参りが始まる。荷物が増えれば、宿場から宿場へ、皆が運んでくれる。善意の人たちが至る所にいた時代。犬にしてみたら、さぞかし迷惑であった可能性もある。善意と悪意は、まさに紙一重だ。

さらに本書では、犬だけではなく、豚や牛の伊勢参りについても言及されている。しかも豚にいたっては、広島から船で瀬戸内海を抜け、潮岬をまわり熊野灘に出ることによって、伊勢神宮へやってきたというから驚く。豚が伊勢参りをした年は式年遷宮の年。願主は豚に代参させてまでも伊勢参りをしたかったのかもしれない。

伊勢参りをはたした犬の多くが、白い犬であったという点も見過ごせない事実である。古来より白犬には霊力があると言われてきた。日本武尊は信濃で道に迷った時、白犬に導かれて美濃に出たとされてきたし、平安時代、関白・藤原道長は法成寺を建立し、白い犬をお供にお参りした。

そんな犬の伊勢参りだが、明治になって間もなく途絶えてしまうことになる。文明開化とそれに伴う洋犬至上主義が、まさに犬の飼い方まで変えてしまったのだ。最後のものと思われる犬の伊勢参りは明治7年、東京日本橋・新和泉蝶の古道具屋渡世の白犬によって記録されている。やがて犬の伊勢参りは、そういう事実があったことさえ人々の記憶から抜け去ってしまうこととなった。

それにしても、犬の伊勢参りが行われていた時代の日本、まさに魅惑のワンダーランドである。伊勢神宮の厳粛さと、犬・豚・牛の参拝という猥雑さが織りなす、奇跡的なスペクタクル。信じることが苦行の道のみにあらず、信仰と娯楽が十分に共存していた時代の話。まるでお伽話のようなノンフィクションであった。

青森県黒石市から伊勢神宮のある三重県伊勢市まで2,400キロを3年かけて往復して帰って来た忠犬がいるとな。昔の犬の寿命は長くなかっただろうから、成犬になったらすぐにお伊勢参りに出さないといけないね。

江戸時代に豚を飼っていた人は食べるためでないとしたら、ペットとして飼っていたのだろうかね。ミニ豚じゃないとかなりのサイズになると思うけど。豚はきれい好きで、トイレを一ヵ所でするので利口らしいですね。

白い犬で思い出すのはソフトバンクのCMのお父さんで有名になったアイヌ犬のカイ君ですね。

一心一写  青柳健二さんのブログ
犬がお伊勢参りをした話は本当か? 仁科邦男著 『犬の伊勢参り』
公開日時:2016/05/12
http://asiaphotonet.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-7f97.html

伊勢神宮は犬は不浄な動物で、犬が宮中に立ち入るのを禁止していましたが、それをかいくぐって、本宮前の広場で拝礼の姿勢を取った。それを見て、神官たちはこれは普通の犬ではないと、犬をいたわり御祓をくくりつけてあげたらしい。次の内宮でも拝礼したので、追い出すわけにはいかなくなったという。

「拝礼の姿勢」とは、ようするに「伏せの姿勢」だったのでしょうが、この話の本質は、ここではありません。大事なのは、その犬が道中いろんな人たちに助けられてお伊勢参りをしてから飼い主のところへ戻ったというのがすごいところでもあるし、日本的なのです。

犬は殺されることもなく、お布施を盗まれるどころか、重いだろうからと、代わりに持ってあげた人もいたそうです。

この話を聞くと、当時の日本人の旅する犬に接する姿がありありと想像でき、街道の様子まで見えるような気がしてきます。なんだかほのぼのとして、ユーモアもあって、面白いですね。俺はこういう話、好きですね。

「犬の伊勢参りは人の心の生み出した産物でもあった」と著者は言います。例えが適切かどうかわかりませんが、「こっくりさん」と似ているのでしょうか。みんなの意識・無意識の願望や希望が犬を導いたということらしい。

犬が伊勢神宮の方を向いて歩いていれば、「参拝に行くのに違いない。感心な犬だ」と思い、また札には飼い主の住所も書いてあったから、いろんな人の世話によって、飼い主のもとへ導かれた。犬がどこかへ行きそうになると、そっちじゃないと、道案内までしたそうなので、結果的に犬は参拝して、飼い主のところに帰ることができたのです。

今でもそんな傾向がありますが、日本人の親切心は、当事者の意思とは関係ない方向へと導いてしまうこともあります。犬の意志とはあまり関係ないかもしれません。

とにかく、「こんぴら狗」の話といい、お伊勢参りの犬の話といい、素朴な人たちがいた時代だったんだなぁと思います。

明治になってお伊勢参りの犬がいなくなったのは、それまで日本では地域で飼っていた「地域犬」が一般的でしたが、文明開化で西洋の考えが入ってくると、犬は個人が管理するものというふうになってきて、「地域犬」のように自由な犬が一掃されてしまったから、ということも理由としてあるらしいのです。

明治以前は里犬といって、個人で犬を所有していなかったので、集落で飼っている犬にお伊勢参りを託す訳なんだね。今の猫は放し飼いしなくなったけれど、昔は家で餌もらって、散歩中に他所の家で食事もらって違う名前で呼ばれてというのがありました。

猫が放し飼い出来た時代のように犬も放し飼いで共同体の共有だったという訳なんですね。日本とイギリスは狂犬病を撲滅しましたが、昔は日本に狂犬病はなかったんでしょうかねえ。他害のないお利口なわんちゃんがおかげ参りをした話がたくさん残っているからには、犬の伝染病も鎖国によりなかったのかもしれません。

犬や豚にお伊勢参りさせるのは日本ならではというかアジアの発想。ヨーロッパはグリム童話の『かえるの王さま』にあるように悪い事をした罰として動物に変えられてしまう話が多い。対してアジアは動物が人間に化けて、人間にいたずらをしたり良い事をしたりする。

昔家にあった『中国の昔話』という本の中に、狐が人に化けていたずらをするお話しがありました。なので、支那にも日本と同じく動物が人間に化ける民話があります。

要するにアジアの考え方は動物をいじめると自分に返ってくる。来世は動物に生まれ変わるかもしれないという考えもあるし、動物が人間と対等なので、動物が人間に化けるという親密な距離にある。

Blue Moon  三浦小太郎さんのブログ
「犬の伊勢参り」仁科邦男著 平凡社新書 犬好きの方には絶対おすすめ
公開日時:6月 25th, 2017
http://miura.trycomp.net/?p=4357

江戸時代、ほとんどの日本人は「一生に一度はお伊勢参りに行きたい」という意識を持っていました。もちろんいまのような交通機関もない時代、う簡単なことではありません。それが時々爆発的な流行となったのが「おかげ参り」で、仕事も何もかも放り出し、仲間と共に伊勢を目指す現象が、だいたい60年ごとに起きています。最初の犬の伊勢参りは、1771年のおかげ参りの時に置きました。もともと伊勢神宮は犬はけがれとして立ち入り禁止でしたが、この年、次のような不思議なことが起きました。

「4月16日午の刻(昼頃)、上方から犬が参宮したと町のほうで騒いでいる。その犬を観てみると、毛色は赤と白のまだらで、小さめの雄犬だった。ちょうど山田筋向橋の茶店で、おかげ参りの参詣人に握り飯を施しているところだったので、犬にも与えるとそこにいた人と同じように握り飯を食い、真一文字に外宮の方へ駆け出し、外宮北御門口から手洗場にいき、ここで水を飲み、本宮に来て、お皆の前の広前(広場)に平伏し、本当に拝礼する格好をした。常に犬は不浄を食うものなので、宮中に犬が立ち入ることを堅く禁じているが、この犬の様子は尋常ではないから、宮人たちは犬をいたわり抱えてお祓いを首に括り付けて離してやった。」(同書、原文は当時の外宮神官、度会重全著「明和続後神異記」より、著者が現代文に訳したもの)

この犬はさらに内宮にも向かって広場で「拝礼」し、その後は首にお祓いを付けたまま、山城国(京都南部)の飼い主、高田善兵衛のもとに帰りました。道中、様々な人が銭を与えたらしく、ひもを通して首に巻き付けた銭が何百にもなり、重くて大変だろうと銀の児玉に変えて首につけられていました。不思議なことに、他の犬もこの犬には吠え掛かることもなく、無事、伊勢参りをこの犬は果たしました。これが最初の「犬の伊勢参り」の記録です。

著者はなぜこのような不思議な現象が起きたのか、本書44ページで説得力のある解説をしていますが、これ以後「犬の伊勢参り」はこの犬だけではなく幾つも起きることになりました。ついでにこの話も付け加えておきますと、飼い主が、自分は病身、また年老いていてお伊勢様に参ることはできないので、お前が変わってお参りをしてくれと犬をなでながら言うと、夢枕に犬があらわれ「仰せに従い代参いたします」と述べたので、犬の首に飼い主の住所を括り付けて送り出した、犬は道中、お店や家などに食事をもらい、渡し場では船に乗って伊勢を目指す、という伝承も伝えられています。

この本を読んでいると、江戸時代の人間と犬、人間と動物の関係は、明治近代以後とは全く違うものだったことがわかります。

今はいわゆる猫ブームが起きていますが、その中で時々「犬は主人に忠節を誓い、猫は自由」みたいな比較論が時々見受けられます。言いたいことはわかるし大筋では正しいんですが、江戸時代は犬と主人の関係はもうちょっと違っていて、「里犬」という飼われ方のほうがむしろ多数派でした。犬の多くは横丁や長屋の路地や縁の下、村のお堂や藪の中に住み着き、食事は隣近所の誰からももらい、今でいう生ごみを「処理」していました。「伊勢参り」が起きたのは、このような「里犬」の存在無くしてあり得なかったことを本書は見事に解説し、だからこそ、犬を個人の飼い主が責任を持って飼うという「近代社会」が明治とともに訪れると「犬の伊勢参り」は消滅したことを証明しています。大変面白い本ですので、ぜひご一読を。

江戸時代が悪だったと解釈する歴史学者がいたりするけれど、確かに税の取り立てが厳しく、幕末の百姓一揆を鉄砲で鎮圧するのだから、人権もあったもんじゃないという部分はある。

でも、義務教育が始まる以前の江戸の寺子屋の方が職業教育に直結しているためか天才率が高い。伊能忠敬本間宗久なんか現在の日本では絶対に出て来ない。

江戸時代の犬の所有の概念が文明開化で変わってしまったのを読んで思い出したのが、『竹林はるか遠く』です。

擁子さんが満州国境の羅南から京城(現ソウル)まで逃げて来て、さらに京城から釜山まで逃げる時、列車の屋根に乗って行くのだけど、その時年老いた男性が手を差し伸べて乗るのを手助けしてくれます。お礼にゴミ箱で漁った米兵の食べ残しのカビたサンドイッチをあげます。

戦前はお互い助け合って生きていていたように感じます。戦後の高度経済成長で若者が都会に出て行ってしまい、地域の共同体がない状態になったので、利己的になっているなあと思います。人情がないというか、冷たいというか、そんな感じですね。

戦前の朝鮮半島で起きた事が台湾の日本統治時代を知る女性の本に書かれていました。女学校を受験する際、満員列車に飛び乗ったはいいけど、立ちくらみを起こし列車から落ちそうになった所を兵隊さんに助けてもらったそうです。

素晴らしかった日本の先生とその教育 (シリーズ日本人の誇り (4))
素晴らしかった日本の先生とその教育 (シリーズ日本人の誇り (4)) 単行本 – 2006/11/5
楊 應吟 (著)

某宗教団体のYouTube動画なので貼るのを躊躇しましたが、楊 應吟さんの姿が他では見られず貴重なので、ご紹介しておきます。某宗教団体は俳優の長男が団体を脱会して、父親を非難していますね。タヒないといいのですが・・・

【重要証言】「日本の兵隊さんは本当に素晴らしかった」【ザ・ファクト】

https://youtu.be/lU1qpkVe7rA

本の中にはバスに乗るより、手を挙げて空いていれば日本軍のトラックに乗せてもらう事があったそうです。台湾は空襲の被害はありましたが、本土より随分とのどかな感じしますね。

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http://psnews.jp/dog/p/29874/

おかげ犬 おかげショップ
https://okageshop.jp/SHOP/1045952/list.html

↑ 伊勢神宮に行った時、おかげ犬グッズが売っていたかどうか記憶にありません。とにかく人が多くて食事どころではありませんでした。おかげ横丁で黒豆ぜんざいを食べて帰りました。

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http://blog.livedoor.jp/abechan_matome/archives/35533689.html

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https://mag.japaaan.com/archives/58627

おかげ参り犬 おさん
おかげ参り犬 おさん 単行本 – 2015/12/29
楠木 勝俊 (著), 織戸 隆光 (編集), 松井 麻美 (編集), 中川 朋美 (イラスト)

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絵本にまでなっているんですね。道徳教育にいいのでは?
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