氷上の光と影⑤

(*ノ´∀`)ノ⌒④からの続きだよ~★

P57  ジャッジの間で起きたこと

 この間、ジャッジの側では別なことが進行していた。

 英国人のISU技術委員長(当時)サリー・ステイプルフォードは、ホテルのロビーでフランスのジャッジ、マリーレーヌグニューを待っていた。

 ジャッジの中で、どちらにも転びうる立場のジャッジを「スイングジャッジ」と呼ぶ。今回のペアジャッジパネル9人の中で、スイングジャッジとして注目されていたのは、フランスのルグーニュだった。

 だが正確にいうと、彼女は政治的しがらみがなかったわけではない。この五輪でアイスダンスの最有力金メダリスト候補はフランスのチーム、アニッシナ&ペイゼラだった。だが抽選の結果、フランスはアイスダンスジャッジパネル9人の中に入ることができなかった。そのためペアではフランスがロシアに1票入れ、交換条件としてアイスダンスではロシアのジャッジがフランスに入れる。そのような取り決めが予めなされたのではないか、というまことしやかな噂が大会開催以前から流れていたのである。

 ステイプルフォードの父は、ハーヴェイ・ステイプルフォード(通称レッド・ステイプルフォード)という有名なカナダ人のホッケー選手だった。国籍は英国ながらカナダの著名人の娘として育った彼女は、意志も好みもはっきりとした女性で、ジャッジ仲間の間で独裁者という批判もあった。彼女はまた、ルグーニュが2ヵ月後のISU総会で技術委員のポジションに立候補するつもりであることを知っていた。ISUのヒエラルキーでいうとルグーニュの上の立場である。その彼女が、ホテルのロビーでルグーニュに「なぜロシアを1位にしたのか」と詰め寄ったのだという。ステイプルフォードはルグーニュを小突き回すようにして、問い詰めた。USFSAの元会長、クレア・ファーガソンは「見ていて非常に不快な光景だった」と語った。ステイプルフォード本人の言葉でいうと、「ルグーニュの様子が明らかにおかしかったため、話を聞いた」のだという。

 ルグーニュ本人が後日NYタイムズの記者に告白した内容によると、ステイプルフォードに会う前からすでに、ロシアを上につけたことでハラスメントを受けていたという。競技終了直後に会場で見知らぬ人物から乱暴に腕をつかまれ、会場からホテルへ戻るバスの中ではドイツの技術委員であるウォルバルガ・グリムに責められた。そしてホテルに戻るなりロビーでステイプルフォードに小突き回され、もともと神経質だったルグーニュは限界に達した。

 本当にルグーニュが正しいと信じてロシアを1位にしたのなら、なぜ毅然と自己弁護しなかったのか、理解に苦しむところだ。ステイプルフォードのような意志の強い女性にも、やはり理解できなかったのだろう。取り乱した彼女を見たステイプルフォード、ルグーニュに何かやましいところがあったのだと確信した。だがベテランISUジャッジの藤森美恵子氏は、こう語る。

ルグーニュは昔から、情緒不安定なところがある人でした。レフェリーミーティングでも、感情的になって涙を見せたりすることはたまにありました

 ルグーニュはさらに、NYタイムズの取材でこう語っている。

 彼女はペアが開催される1日前の夜、カナダ人のジャッジ、ベノワ・ラヴォワからパーティーに招待された。それはポーランド人のアイスダンスジャッジのために開催された誕生日パーティで、このジャッジは同じポーランド出身のペアジャッジの親友だった。ルグーニュは、ラヴォワが明らかにポーランドの票を目当てにこの誕生パーティを企画したと理解し、そこまでやるカナダ勢が、もし自分がロシアを上につけたらどういう態度に出てくるのかを想像して震え上がったという。

 競技レビューのレフェリーミーティングは、試合の翌朝9時から行われた。ペアのジャッジ9人と、予備ジャッジ1人、そしてレフェリーを務めたアメリカ人のロン・ペニングの11人が参加をした。レフェリーは経験豊富なジャッジの中から任命され、大会の進行の責任者であると同時にジャッジ全員の監視役でもある。ロシアのマリナ・サナヤがなぜロシアに入れたのかを説明し、カナダのベノワ・ラヴォワがなぜカナダに1位をつけたのか説明した。このとき、ルグーニュは発言しなかった。

 ペニングは最後に、ジャッジ全員に手紙を手渡した。それには、彼自身はカナダに1位をつけたこと。そしてロシアを1位にしたジャッジたちは、「不正直だった」と書いてあったという。

「自分の意見を押し付けるのは、本来のレフェリーのやるべきことではない。まして証拠もなしにジャッジが不正直だったと決めつけるのは明らかにレフェリーとして出すぎた行為」

 ある米国のジャッジは、後日ペニングをそう批難した。だが実際こうして試合終了後のミーティングで、レフェリーが自分と違う順位をつけたジャッジを締め上げることはペニングに限らず珍しいことではなかったという。

 ペニングの手紙は「カナダにつけたジャッジは、公平で正直だった」と結んであった。

 このときルグーニュが、「ロシアのペアの演技のほうが、全体の質が高かった。フィギュアスケートは1つのジャンプだけで決まるスポーツではない」と毅然と主張していたら、歴史は大きく変わっていただろう。カナダに2個の金メダルが出ることはなく、フィギュアスケート審判全体の倫理が問われることもなく、新採点方式が導入されることもなかっただろう。

 だが実際起きたのは、次のようなことだった。
 
 ルグーニュが泣き崩れて、「自分の意志でロシアを1位につけたのではない。フランス連盟のガヤゲ会長からプレッシャーを受けたのだ」と発言した。

 こうして、パンドラの箱のふたがあけられた。

フィギュアスケートの審判はボランティアで、選出される事が名誉という人がなるという事らしい。しかし、情緒不安定の人が審判になると、何十年経っても語り継がれる、世紀の大誤審をやってしまう。

特権階級がなる名誉職というだけでは適任者を充てるというフィルター機能は働いていない。そのうち、精神分析を行わなければならないかもしれないね。

まあ、人権問題からそういうテストはできないから、新採点方式になったのだけど、それが果たしてきちんと機能しているかというと、余計酷くなり、悪用される結果となってしまった。

新採点方式になって誰が得したのか?というと、テョン国の某選手だったと思うけどね。アンダーを払い、審判から高得点を貰って、やっと開催に漕ぎつけたホラマサ五輪。果たしてそれに見合う五輪だったんだろうかね。
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