キム・ヨナの大学卒業証書・・・意味があるのか?

オーマイニュース
キム・ヨナの大学の卒業証書...果たして意味があるのか
[主張]体育教育をしよう思ったとしたら、別の方法で行動すべき

配信日時:2012.06.02 11:38  執筆者:イ・ボンリョル記者
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001738910

私は短大夜間部を卒業した。1990年代初め、当時私は3交代勤務をしている会社に通勤していたが、午前6時に出勤して午後4時に帰宅、その後午後5時から始まる授業に出席した。会社も学校も全て外にいて、会社から学校まで1時間以内に行くことができる手段は、バイクしかなかった。

バイクに乗って学校に通うのが、最初はかっこよく感じられるかもしれないが、1年12ヶ月、バイクに乗って学校に行くのと同じくらい大変な苦労なこともなかった。雨が降って雪が降ってバイクに乗るしかなかった。夏には光を見て駆けつける羽虫が恐ろしかったし、冬服の間と間に食い込む激しい風が怖かった。

一度はバスと接触事故を起こした。バイクを再び使えない程の大きな事故だった。そのくらい二度とバイクに乗りたくない気持ちだったが...翌日再び中古バイクを買わなければならない状況であった。それ以外学校に行くための方法がなかったからだ。私は何としてでも学校に行かなければならなかった。

バイクがあるからといって、学校に行くことが全て解決される訳ではなかった。会社から適時退社するのが容易ではなかったからだ。午後4時にしっかりと退勤できるならば問題はなかったが、色々なことで退勤が遅れると、とても始業時間に間に合わなかった。車が渋滞したり、天気が良くない日にも必ず遅刻した。だから、最初の授業に遅れたり、全部受けられなかったりする場合が多かった。

さらに大きな問題は、午後4時に始まる授業がある時だった。一週間に一回の教養課程の体育が午後4時から始まった。午後4時に会社を出るのに、どうやって同時刻に授業に入ることができるか。最初は月次も使い、早退もして、たまには顔色を見ながら途中で抜け出したりしたが、毎回そんなことはできなかった。結局、教養体育科目は、出席日数不足でFを受けた。さらに教養課程の体育は卒業に必要な履修科目で何とか単位を満たす必要があった。幸いにも季節学期が開設され私は夏の休暇に月次をつなぎ合わせて季節学期に参加し、落第に毛の生えた単位を取って卒業することができた。

人知れず努力して卒業証書受け取る人もいる

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▲去る2月27日、ある大学の卒業式で生徒が学士帽とガウンを着て卒業式に出席している(資料写真)。

皆、大学に行く理由は異なっている。私は高校卒業で社会生活をする際に直面するいくつかの差別のために短大の卒業証書を得た。今の私の人生にはあまり役に立たない卒業証書ではあるが...それでも、その時はそれなりの卒業証書を必要とした。
短大夜間部は私のように昼間に会社に通っている友人が多かった。その中には年を取っていて、私より遥かに苦しい切々とした事情を持ったお兄さんもかなりいた。ガールフレンドの両親から 「娘婿になる人が大学の卒業証書がなければならない」という話を聞いて入学した場合もあった。

卒業の日、お互いがお互いをよく労った記憶がある。このように大学の卒業証書は、誰かに単純な証明書の意味が込められていることができる。また、それを得るために他人が分からない努力をする人も多い。

授業への参加が困難な状況と知りつつ...

最近キム・ヨナ選手の大学生活と教育実習が、最近の人々の口によく昇っている。キム・ヨナ選手は体育特技生として高麗(コリョ)大に入学した後、大会を準備するために1、2年生の時に学校に行けなかったし、外国で生活したという。

高麗大学学則によると、「国内外の主要な訓練と競技参加のために、やむを得ず授業に出席できない場合」は、出席認定申請をすることができるという。キム・ヨナ選手は1年生と2年生の生活全てを 、「国内外の主要な訓練と競技参加のために、やむを得ず授業に参加できない場合」という事にしてスケートだけしていた。選手生活を暫定的に中断した3年生と4年生の生活もキム・ヨナの多忙なスケジュールのため、授業への参加は他の学生に比べて著しく低下したとする。

私はキム・ヨナ選手が学則を破ってまで、高麗大学の卒業証書を授与される反則を犯しているとは言えない。オリンピック金メダリストが他人の論文をコピーして博士号を受ける国、校舎を建ててくれた財閥会長に名誉哲学博士くらいは簡単に出してくれる国で、キム・ヨナ選手のような大スターが多くの授業を受けていないということで卒業証書を受けられないというのは公平性に反する。

ただし、私はこのように長く話をする理由は、キム・ヨナ選手に、大学の卒業証書が何を意味がするのかが気になるからだ。フィギュアスケートというスポーツ種目でキム・ヨナ選手が成し遂げた成果は、すでに目覚しい。当然、彼女の能力を疑う人もいない。そんな彼女に大学の卒業証書が果たしてどんな意味があるのか、授業への参加自体が難しいことを明らかに知りながらも、大学に入学したのか。さらに、いつも「やむを得ない場合」を除いて授業に参加したとみなされるような学校生活をしなければならなかったのだろうか。

もし彼女が体育教育をしたい場合は

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▲キム・ヨナ選手が冬季オリンピック組織委員会執行委員として活動した時。

彼女の大学の卒業証書所持するかどうかは、フィギュアスケートやスポーツ関連の分野で、彼女が計画していることに何の影響も与えない。もし大学の卒業証書がないという理由で彼女ができないことがある場合は、彼女にはその現実そのものを変えていくことができるような十分な力がある。彼女が既に作り上げた成果と認められた能力、そして国民の支持と関心があるからだ。そして、彼女が大学の卒業証書なしに個人の能力だけでどんなことでもどんどん成し遂げることを国民に見せてくれたら、韓国に蔓延した学歴至上主義のも緩和されるだろう。

逆に彼女がしようとすることが大学で勉強をすることにより、達成できることであるなら、彼女は学士課程に忠実に参加して勉強しなければならなかった。そのことが学生たちを教える仕事(キム・ヨナ選手の専攻は体育教育である)であれば、なおさらである。生徒に、「個人の業績があれば、学校の授業ぐらいは取り替えることができる」と教えることはできないことではないか。授業は大会参加と練習に変えて、卒業証書だけは受けて大学で勉強したと認められようとするのは、大層に話すこともしないで個人的な欲だけのことだ。

キム・ヨナ選手が、大学の卒業証書を受けるのか止めるのかというのは私の関心事ではない。しかし、能力のある人々に大学の卒業証書くらいは時間だけ経過すると受けることができる ‘紙の断片’に過ぎないということをキム・ヨナ選手を介して確認したくはない。昼間は会社で働いてバイクに乗って学校に行って夜遅くまで勉強して苦労した私の短大の卒業証書をみすぼらしくさせたいと思わない。

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ヨン棒が「五輪チャンピオンだ!」、「ウリの才能は格別デヨ♪」というのであれば、大学に行かなきゃ良かったんじゃないのかな。寒村がスポンサーに付いているんだから、実業団のような存在が韓国にあるのか知らないけど、企業所属のスポーツ選手でいたら物議を醸し出すこともなかったのにね。

韓国は歪な学歴至上主義だから、これを糺すのに貢献した方がヨン棒は国内で真の意味で愛されたと思うけどね。でも、アンナの言う通りに生きてる操り人形だから自分の頭で考える事はないだろう。さらに、おく●りのせいなのか歩く時にふらふらだから何も考えてないと思う。

意味のない紙切れの大卒で頭はパボという・・・いくら特待生で授業料免除でも時間がもったいないよね。ヨン棒が読書をしている話を聞いたことがない。PCの前に張り付いて一日中ネットしてそうな感じがする。
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