「この世界の片隅に」原画展に行って来ました

日本橋高島屋で「美しき氷上の妖精 浅田真央展」が開催されている中、福岡には残念ながら高島屋がなく、いじけているこぱんだです "p(-ω-〃) イジイジ

九州なのに、なぜか博多駅に阪急百貨店ですからね。入札で一番良い条件を出したからJRのビルに入ったんでしょうけど、なぜ博多に阪急なのか・・・?私は高島屋が入るものだと思い込んでいました。

それに、田舎都市なので、駅には駅ビルしか商業施設がありません。なので、JRの利用客以外博多駅に行かず、ほとんどの人が100円バスで天神に行ってしまうという状況です。

それで、大丸(松坂屋グループ)福岡天神店で開催されている『こうの史代「この世界の片隅に」原画展』2017年9月13日(水)→2017年9月24日(日)に行って来ました。

実は、「この世界の片隅に」の映画をまだ見てないんですよ。

映画『この世界の片隅に』特報

https://youtu.be/6LC0uBDSXc8

YouTubeの「あなたにおすすめ」という動画の中に、ドラマ版の「この世界の片隅に」があり、私は「今年(2017年)の終戦記念ドラマかぁー」なんて思って見ていたら、実は2011年に放送された作品だったんですね。何という遅れ者なんでしょう ヾ(;´▽`A``アセアセ

終戦の日 特別放映 「この世界の片隅に」在这世界的角落

https://youtu.be/DTdOcQO8M7c

しかも、動画に中国語の字幕があるし、海賊版のコピーなんでしょうかね。

北川景子はのんびりとした主人公すずとはずいぶんかけ離れたイメージですねえ。ドラマのすずさんは周作さんの浮気を疑い、常にピリピリ嫉妬している状態なのです。本当に“のんびり”だったら、小姑からのいびりにも気付かないはずなんですけどね。

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りょうが演じた小姑・経子(けいこ)はマンガの絵とそっくりなんです。リン役の優香も水原役の速水もこみちもいいと思いました。義父役の篠田三郎と義母役の市毛良枝は良く似合っています。あと、子役は二人ともかわいいのですが、ワカメちゃんヘアだったら、完璧だと思いました。

このドラマ版を見てから、マンガ版を電子書籍で読みました。上巻が無料だったので(笑)昨年暮れから映画が公開されたのに、人気が衰えないところがすごいですね。

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原画展は、大丸本館の催場の片隅で行われていて、横では靴のバザールが開催されていて、大賑わいでした。原画展のパネルの横には大丸のポイントカードの端末が置いてあって、そこに人が並んでいて、写真を撮るのに結構苦労しました σ(^_^;)アセアセ...

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原画展に行って良かったなあと思ったのが、マンガから分からない事を知ることができました。主人公すずさんが右手を失ってから後の場面の背景を、作者のこうの史代さんは左手で描くようにしたそうです。

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だから、荒いタッチになっていたのかあと感心しました。背景が荒いタッチになったので、すずさんが右手を失った事によって、いよいよ終戦に近づく壮絶さを感じることができます。

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それから、口紅で描いた絵もありました。コンテという画材で描いていたと思っていましたが、本当に口紅で描いていたんですね。同級生で水兵になった水原さんから貰った羽で、すずさんは絵を描くのですが、こちらでもこうの史代さんは羽ペンで絵を描いているのです。

私がこの作品を何度も読み返しているのは、広島弁と家族の仲の良さです。すずさんは一日中家事労働に追われる専業主婦です。年子の妹のすみちゃんは女子挺身隊として軍需工場で働いています。

すずさんは外で働いて金銭を受け取っていないけれど、とにかく暇な時間がないのです。北條家に嫁ぐ前は浦野家は海苔の養殖をしていたので、海苔の加工を手伝っていました。あと鶏の餌やりとおつかいを小さい頃からしていました。子供の頃から家の手伝いは当たり前。子供は立派な労働力です。

今のように家電がある訳でもないし、呉の中でも坂の多い所にある北條家は水を汲んで来るだけでも、一苦労です。物資不足で練炭がないので、代用練炭を作るのもすずさんの仕事です。

戦時中で供給が追いつかないのもあるのですが、昔は既製品がなかったので、服は何でも自分で作らないといけない時代でした。すずさんは着物をもんぺに作り直します。女性は女学校で料理と裁縫を習います。とにかく何でも自分でやらないといけないのです。

すずさんと周作さんの結婚式が仏前で行われていたのが印象的です。戦前は今よりかなり仏教が盛んだったようですね。高度経済成長期に田舎から都会に出て来た人が、寂しさから新興宗教に勧誘されて入信してしまったり、冠婚葬祭を地域共同体で行わず、業者に頼むことになってしまい、仏教が廃れたように思います。

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広島弁に惹かれるのは、私の母親が島根出身で、祖母が話していた言葉がほとんど広島弁に近いので懐かしく思い出します。母から、親の事を「お父さん、お母さん」なんて呼ぶのは何かいい所の家の人という感じだったと聞きました。「お父ちゃん、お母ちゃん」と呼んでいたそうです。

伝聞「~げな」は福岡も使いますし、名古屋でも使います。語尾に「~けん」は愛媛でも使います。中国・四国地方は単語は京言葉に近いけど、関西弁とはイントネーションが違いますよね。

穴が開いたというのは、広島弁でも「穴がほげた」と言うんですね。福岡でも使います。(調べたら九州全域で使うようです)関西でも使うのですね。

小学生の時、島根の親戚宅に行って、金額がいくらか聞くのに、「なんぼ」と言うのを聞いて、びっくりした事があります。接続詞は「それで=そんで、ほんで、そいで」という感じですかね。

「ほうかね」、「~のう」、「良かった=えかった」、「~かいな」等を聞くと何だかほわわんとして、懐かしくなりました。往々にして、中国地方の方言は間が抜けていて、のんびりしています。映画版ののん(旧・能年玲奈)さんの話し方がしっくりきます。あのくらいおっとりした感じがすずさんのイメージにぴったりです。

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入場の際、ハガキを貰いました。このお話は戦時の末期で、しかも東洋一の軍港がある呉を舞台にした作品で、悲惨な事を描いています。だけど、なぜか「はだしのゲン」と違って、明るく何度でも読みたいと思える作品に仕上がっているのは、家族愛が中心に描かれているからなんだと思います。

上にも述べたように、戦前は性分業がはっきりしていて、結婚は女性にとって、就職と同じ意味でした。家事労働は機械化されていない分、人海戦術でやらないといけません。子供は親の仕事を手伝うのが当たり前で、家が自営業の場合は、一家全員手伝わないといけません。家族がいないと生きていくのが困る時代だったのですよね。

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敗戦後の様子も描かれています。戦前は靴がなかったので、大人から子供まで下駄を履いていました。冬には足袋を履きますが、それを見てテョンが豚の蹄(ひづめ)のようだと思い、日本人の事を“チョッパリ”という侮蔑語を作り出しました。

【桜井誠】戦後の朝鮮人犯罪と山口組【高倉健さんの映画は実話】

http://www.nicovideo.jp/watch/sm24956108

戦後、戦勝国でも敗戦国でもないという意味で「第三国人」として、悪行の限りを尽くしたテョン。強制連行されて日本に来たんですよね。恨みを晴らしてせいせいした事でしょう。恩を仇で返すキ〇ガイ民族。日本に出稼ぎに来る人は半島でも貧しい下層の人達でした。

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占領期のアメリカの婦女暴行は特に神奈川県の方が被害に多く遭われて、日本がサンフランシスコ講和条約で独立後は沖縄が長きに渡って被害に遭われたのは周知の事なんですが。ろくでもない奴が日本に派遣されていたのだと思うと、非常に腹が立ちます。

それにしても、こうの史代さんはリケジョなんですね。広島大学の理学部中退。この作品を描くに当たって、調べた事は膨大な量だったことでしょう。よくあの当事の事を調べているなあと感心しました。まるで学者のようです。
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