ロシア人・朝鮮人に「性奴隷」にされた日本人女性の悲劇⑤

歴史通 2017年4月号  総力特集 こんな許せない歴史があった「シベリア・満州の悲劇」
ロシア人・朝鮮人に「性奴隷」にされた日本人女性の悲劇


 しかし、そんな私でも脳裏に焼き付いて離れない遺体がありました。あれはたしか女性の遺体でしたが、死体置き場に行くと、顔全体が筋肉体操でもしてるかのように、グリグリと激しく動いているのです。よく見てみると、目・耳・鼻・口、穴という穴に巨大な蛆(うじ)が蠢(うごめ)いており、その蛆が皮膚の下の腐肉を食い荒らしていたのです。それでも、四人の仲間と手足を持って、掛声もろとも遺体を大八車に引き揚げようとしました。だわだわだわわと尻の穴から赤黒い得体の知れない体液とともに腐った内臓や蛆虫、回虫が滝のように流れ出し、その臭いといったら半端なく本当に卒倒しそうになりました。

 当然、私もアメーバー赤痢にかかってしまいました。そうはいっても休むことはできません。なにしろ避難所の状況は日に日に悪化してゆきます。死んだ赤ん坊を三日間も抱き続け放心状態の母親、"うどん、うどんはいらんかね~"と、自らの口から吐いた回虫を洗面器にいれて徘徊する気が触れてしまった青年。毎日のように人が死んでゆく光景が日常風景となり心も動かなくなってゆくのです」

 三百体ほど遺体処理をした頃、疲労困憊した開氏の様子を見かねた先輩が、ソ連軍将校の集会場となった桜町ホテル紹介してくれ、そこの住み込みボイラー焚きとなって精神の小康を得たという。

「とはいえ、そこも大変なところでした。日本人の避難民が毎日やってきて、残飯漁(あさ)りをするのです。もっとも私自身もボイラー焚きの傍ら、肉や魚の骨を誰よりもはやく漁ってしゃぶりついていたのですから浅ましいものです。その頃のことです。ソ連兵の将校に"日本人女性の家政婦を紹介してくれないか?"と頼まれました。"朝鮮人はダメだ。来るたびに必ず、何かが無くなる。それも、砂糖一杯とか、じゃがいも一個とかだが、盗まれていると思うと家の中でくつろぐことができない。その点、日本人女性はどんなに貧しくとも、盗むことは決してしない。"その言葉を聞き、私は"戦争に負け、こんな悲惨な状況になっても、日本女性は凜(りん)として生きているんだ"と嬉しくなり、何故か故郷の年老いた母に無性に会いたくなり、決死の覚悟で釜山を目指しました。どうにか三十八度線にたどりつくと、そこに待ち構えていたソ連兵に、わずかに隠し持っていた時計や地図など、それこそ身ぐるみはがされました。北と西のわずか三、四キロですが、方角もわからず、三日三晩山中を彷徨(さまよ)いました。至るところに死体が転がり、死臭が蔓延していたのを覚えています。

 そして精も根も尽き果てた頃、誰かが"南だ! 漢城(現ソウル)の灯がみえるぞ!"と叫びました。ふらつく足で小高い丘に登ると、確かに眼下遥かに街の灯が広がっていました。"助かった! 俺達は助かったんだぞ"避難民達は皆、感極まって泣きました。山を降り、米軍基地の天幕村にはいって、私たちはようやく人間の世界に生還できたのです。釜山から船に乗って博多に復員したのは昭和二十一年九月三日。故郷に帰ると痩せ衰え、死に神のようになった私を抱きしめて、母さめざめと泣きました。あの時、再び母にあえてどんなにうれしかったことか、私には生涯忘れられません」。

日本人よ、沈黙するな

 その開氏は十年近くかかって仕上げた、一冊の本と分厚いノートと二枚の地図を宝物のように保存していた。ノートには満州、朝鮮で死亡した軍人千六十八柱の氏名・階級・本籍・処刑場所や自決場所がぎっしりと書きこまれている。自ら政府機関や関連場所を訪ね歩いてまとめたものだという。満州・朝鮮の二枚の地図には、民間人の死者数がびっしりと書き込まれている。その数、満州三十五万八千八百人、朝鮮三万四千六百余名。

「気が遠くなるような作業でしたね」と私が問うと、開氏は子供のように照れた笑顔を見せ「無事に復員できた私のせめてもの償いです。この人たちのお陰で、私はいまも生きていられるのですから。最後の使命です」

 開氏にインタビューした数週間あと、私は、ハルピン、長春、瀋陽、大連と旧満州の街々を旅した。それらの各都市の抗日記念館には、明らかに捏造(ねつぞう)と思われる写真や蝋人形で、日本軍が悪魔か狂人のように表現されていた。中国共産党が外に敵を作り、国内に不満を封じ込めようとするための施設とはいえ、いかに常軌(じょうき)を逸したものだった。

 開氏だが冒頭で述べたように、正規の軍人は、たとえソ連兵であっても、民間人に悪魔のような所業は組織だってはしないものなのだ。そんなことを許したら秩序や軍規はバラバラになり、軍としての機能もしないし、敵との戦いもできなくなる。そんなわかりきったことを忘れている日本人がなんと多いことか。

 ベトナム戦争で韓国軍がベトナムに参戦した際、ベトナム人女性を強姦して産まれた混血児が釜山日報によると最少五千人・最大三万人(釜山日報)。又、第二次世界大戦の際、ドイツに侵略したソ連兵に、約半数近くドイツ人女性が強姦され、そのうち二〇%の女性から混血児が産まれたという。

 一方、日本軍が駐屯していた東南アジアで現地女性への強姦による日本人の混血児が産まれたという事例はあまり聴いたためしがない。慰安婦制度は、そういった悲劇を防ぐためにも取り入れられたものだった。にも関わらず、"日本軍はアジアの女性約二十万人を性奴隷にした"などといったデマが世界に喧伝されている。すでにほとんどが鬼籍に入ってしまった日本軍兵士と、性奴隷に貶(おとし)められた慰安婦達、捏造された不名誉な歴史を背負わされかねない日本の子供達、彼らの尊厳を守るため、日本人はこれ以上沈黙してはならない。



おおたか みき
一九六九年生まれ。フェリス女学院大学卒業。世界百カ国以上を訪問。チベットのダライラマ十四世、台湾の李登輝元総統、世界ウイグル会議総統ラビア・カーディル女史などにインタビューする。『日韓"円満"断交はいかが? 女性キャスターがみた慰安婦問題の真実』(ワニ新書)、『イスラム国残虐支配の真実』(扶桑社)など著書多数。「テレビ・タックル」「ニュース女子」「DHCニュース虎の門テレビ」などに出演している。   (了)
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