ソウル大学教授が「慰安婦性奴隷説」を全否定④

絶絶望の韓国、悲劇の朴槿恵(月刊Hanadaセレクション)
「ソウル大学教授が「慰安婦性奴隷説」を全否定」


吉田清治を名指しで批判

 このような公娼制度の下で、朝鮮にいた娼妓は二十万人、利用者は月三千万人、娼妓一人あたり月百五十人、一日五人となるという計算を示す。

 以上のような具体的な説明を行ったあと、李教授は公娼制度について全面的に否定せず、こう語った。

 「公娼はいまもヨーロッパでは合法であり、娼妓は組合を作って社会福祉を受けている。日本社会は天皇を頂点とする職能の社会で、娼妓も組合があった。彼女らもそれなりの権益が認められていた」

 李教授は「この程度の前史と後史を知ってから日本軍慰安婦問題を考えるべきだ」と語り、いよいよ日本軍慰安婦問題を論じる。日本軍は性病防止、民間婦女への性暴行犯罪防止、民間業者利用による情報漏洩(ろうえい)防止などの理由で軍慰安所を設置した。

 慰安婦の募集おありかたについては、尹明淑(ユンミョンスク)『朝鮮人軍慰安婦と日本軍慰安婦制度』(二〇一五)が参考になるとして、こう語る。

 「軍が陸軍省と朝鮮総督府、朝鮮軍、台湾総督府、台湾軍に徴募の依頼をし、この四者が募集業者を選定、許可する、業者が下請け人を使って公娼制度下で確立した人身売買の方法で慰安婦を募集した。前貸し金を親に渡すやり方だ」

 名乗り出た元慰安婦の証言を分類すると、慰安婦の証言を分類すると、慰安婦の連行方式は「就業詐欺八十二、脅迫・暴力六十二、人身売買四、誘拐・拉致(らち)五など」となるという既存の研究を紹介したあと、「この四つは同じもの」と語る。

 公娼制度下の業者による娼妓募集方法と同じく、親が前貸し金を受け取った場合は就業詐欺で、娘が業者に抵抗して逃げようとすれば暴力が使われたという意味だ。

 そして李教授は、軍や官憲による強制連行を明確に否定する。

 「道ばたで女性を襲ってトラックに積んでいったということは事実ではない。いわゆる奴隷狩りのような女性の略取は事実ではない

 そして、韓国でそのようなことが信じられている原因を作ったのが日本人だと語る。

 「こんな話をでっち上げたのは日本人だ。吉田清治という日本人が本を書いてベストセラーになった。韓国にも伝わり、それから韓国人はそのように連れて行かれたと思い始めた。済州新聞は、吉田の話は事実でないと報道している」


 李教授は、日本の大新聞が三十年経ってから吉田証言報道を取り消ししたことを紹介する。なお、取り消し報道をした新聞を朝日新聞ではなく毎日新聞だと語っているが、これは明らかな記憶違いだと思われる。

 ここで李教授は、元慰安婦らの証言について論じる。口述記録は聞くときごとに話が変わるし、聞く人が聞きたがる方向に変わる。あるときは、自分を売った父母への恨みを隠すために変わる。

 口述記録は、歴史学的資料として使うのは大変慎重でなければならない。歴史学が口述資料を使い始めるのは一九二〇年代、米国の元奴隷の口述からだった。参考資料としては有用だが、一次資料として事実断定に使うことは大変慎重にというのが歴史学界の立場だとして、元慰安婦の証言だけを使って事実断定をすることの困難さを指摘する。

 そして、韓国政府の強制動因真相究明委員会に慰安婦の遺族が届け出た内容の一部を表にして紹介し、「就業詐欺」「人身売買」だと遺族は認識していることを確認する。それから、韓国人女性学者が当時インドネシア朝鮮人名簿に出ていた慰安婦の故郷住所などをもとに遺族を調査した研究を紹介し、やはり遺族のほとんどが「就業詐欺によって慰安婦になった」と証言していると語った。

 次に、朝鮮総督府北京出張所が一九四一年に作成した「在北支朝鮮人概況」という文書から次のような部分を抜き出してくる。

 「(朝鮮人男性らは)特に得意な語学お強靭な生活力によって軍の進撃と合わせて軍を追いかけてまたは軍より進出し、・・・特殊婦女子の一団を引っぱっていって軍の慰安所を開業し・・・、治安の不安定な地方で巨大な利益を得て、前線へ進出する」

 同文書によると、北支地域に朝鮮人の娼妓と酌婦七百三十二人がいたとされており、李教授は同地域の朝鮮人慰安婦は多くても一千人だと推計する。この数字も、講義最後の慰安婦総数推計に使われる。
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