ソウル大学教授が「慰安婦性奴隷説」を全否定②

絶絶望の韓国、悲劇の朴槿恵(月刊Hanadaセレクション)
「ソウル大学教授が「慰安婦性奴隷説」を全否定」


一次資料を多数引用

 李教授は、講義をやや緊張した顔つきで次のように始めた。

 〈今日の講義題目は「慰安所の女性たち」になります。日本軍慰安所の女性たち、いわゆる慰安婦と私たちが呼んでいるその女性たちに関してです。ご承知のとおり、一九九一年に世間に熱いイッシューとして提起されました。これまで二十五年間、この問題は韓国と日本の関係を規定するもっとも熱く激しい問題として持続してきました。

 両国間の外交関係だけではなく経済、社会、文化すべての交流で深刻な影響を及ぼしてきた主題でした。それだけでなく、この主題をめぐりこの間、韓国の反日民族主義は大変強力に燃え上がり、それは日本との関係だけでなく、韓国内において韓国人の知性、文化、歴史意識にまで深刻な影響を及ぼしました。

 したがって、私がこの「幻想の国」を扱う講義でこの問題を避けていくことはできないだろうと考えました〉(以下、〈 〉は講義内容の直訳、「 」内は西岡による要約を含む)

 この前置きのあと、いよいよ慰安婦に関する講義が始まるのだが、李教授は日本軍慰安婦について触れる前に、その歴史的脈略を長い射程で見るべきだとして、まず韓国軍にも慰安婦がいたという話を始めた。

 李教授の講義の特徴は第一次資料を多数、引用紹介しながら、実証的に議論を進めることだ。李教授は韓国軍が編纂(へんさん)した『6・25軍事後方戦史(人事編)』のなかから、「国軍特殊慰安隊実績(一九五二年)」という統計資料を紹介する。それによると、ソウルかに第一から第三まで三ヵ所、江原道江陵(カンウォンドカンヌン)に一ヵ所の慰安隊があった。そこに合計八十九人の慰安婦がいて、一九五二年に延べ二十万四千五百六十人を慰安したとされている。そこから李教授は、慰安婦一人が一日平均六・四人を相手にしたと計算する。

慰安婦とともに育った世代

 次に、韓国に駐留する米軍のための慰安婦について論じる。一九六一年、朴正煕(パク・チョンヒ)政権は米軍慰安婦を登録させ、衛星検査を強化した。当時の保健社会部統計によると、一九六一年には全国に合計一万四千九百十二人の米軍慰安婦(ダンサー、慰安婦、接待婦に分けて登録されていた)がいた。

 六二年に急増して三万六千三百五十五人、六三年に二万四百三十六人などと、地域別、登録別の米軍慰安婦数を紹介し、「六〇年代中盤まで、三万程度の米軍慰安婦が存在した。韓国政府の公式統計にも慰安婦という用語があった」と語る。

 そして李教授は、「慰安婦問題は日本軍慰安婦だけでなく、わが国の現実のなかに存在してきた、大変現代的な歴史だ。われわれの世代は慰安婦とともに育ったといえる」と重い言葉を続けた。

 その後、李教授は韓国軍慰安婦と米軍慰安婦の生活実態について論を進める。ここで、ソウル大学の保健大学院に一九六四年に提出された貴重な博士論文――群山(クンサン)地区を中心に」が紹介される。

 同論文は、群山市保健所に登録されている韓国人を相手にする慰安婦百八十八人と、米軍を相手にする慰安婦百三十二人に関する調査報告だ。平均年齢は米軍慰安婦が少し高い、学歴は韓国軍慰安婦は無学が大多数、従事帰還は米国慰安婦が長い、平均収入も貯蓄も米軍慰安婦が多いなどが、具体的数字とともに紹介された。

 そして特異な調査項目として一日平均性交回数があり、韓国軍慰安婦は五・五回、米軍慰安婦は一・七回などという数字も出される。

 ここで李教授は、最初に紹介した韓国軍資料から計算した韓国軍慰安婦の一日平均相手人数が六人だったことをもう一度、確認したうえで、一九四五年の日本の遊郭では平均五人だったと紹介する。実は、この数字はあとで、慰安婦総数を推計するときに活用するのだ。

 ここまで来て李教授は、日本の統治時代の前、朝鮮王朝時代の十七世紀まで話を遡(さかのぼ)らせる。一九九六年に発表された禹仁秀(ウインスウ)(慶北大学歴史教育科教授)の「『赴北日記』を通じて見る十七世紀の出身軍官の赴北生活」という論文をもとに、十七世紀に朝廷から北方防衛のために派遣された武官、朴チムンの日記に、移動中の旅で同衾(どうきん)した女性についての記述があったとして、それを表にして紹介する。

 それによると、一六四四年一二月十一日から一六四五年十月二十五日の十一ヵ月の間に官妓、婢、酒場の女ら二十三人と同衾し、赴任地到着後は、現地妻として官妓がつけられた。

 日記を書いた朴チムンの父も佳子様に同じ地域に派遣されていて、朴は父が現地妻にしていた官妓の娘とも関係を持っている。李教授は、当時支配者だった両班(ヤンバン)(文官、武官)による官妓奴婢(ぬひ)などに対する性の略取が繰り返し行われていた、と文献を引用しながら具体的に紹介していく。
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