慰安婦問題を作った男の肖像⑧

新潮45 2016年 09 月号
「吉田清治」長男、衝撃の告白  「慰安婦像をクレーン車で撤去したい」 慰安婦問題を作った男の肖像

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平成4年8月、元慰安婦の金学順さんに謝罪する吉田清治氏。(時事通1言社)

「私がもともと済州島に非常に興味があったんですね。金石範の『火山島』らを読んでましたから。済州島蜂起の話をしたら、"あっ、そう言えば"という感じでしたね」

 済州島での慰安婦狩りはこうしたきっかけで書き始められたのだ。

 同書の序文には、清治氏の週刊朝日の投稿文を自著に引用した朴慶植氏が一文を寄せている。

 「これは僕が依頼しました。ただ吉田さんと朴さんは本が出る前から知り合いというか、古くからお話をされていた関係だったと思います」

 『私の戦争犯罪』が出る前年、清治氏は講演会で慰安婦狩りを語り、それが「朝鮮の女性 私も連行暴行加え無理やり」という朝日新聞の記事(昭和五七年九月二日、取消起畢)になっている。さらに九月と一一月には、サハリン残留韓国・朝鮮人帰還訴訟、いわゆる樺太訴訟で二度にわたって法廷に立ち、一度目は樺太への男子の朝鮮人狩りを、二度目は済州島での慰安婦狩りを証言している。

 ちょうど執筆と重なる時期、次々に慰安婦問題を語り始めていたのだ。

 その頃、長男は東洋共同海運を辞めて、新橋にある翻訳会社に勤めていた。住民票も東京に移し、父とともに東京都文京区に越してきた。

 その長男が衝撃的な証言をする。「父は済州島には行っていません。それは父から聞いています。それで父は、済州島の地図を見ながら、原稿用紙へ原稿を書いていました

 ではなぜあれほど克明に書けたのか。「材料はなかったはずです。ですからそれは、出版社や周りにいた人たちに発言をしていただきたいんです」

 出版直前に、清治氏と長男は、品川区上大崎に再度引っ越した。

 「父が勝手に不動産屋に行って決めてきました。それまでは家賃四万円くらいだったのが、一二万円くらいになった。さすがに無茶だと思ったんですが、父は五〇〇万、一○○○万はすぐに入るから心配しなくていい、家賃どころか過去のお前に掛けた苦労は全部返すから、と言っていた。でもそれがのちに家計的にすごく負担になってしまいました」

 先の三角氏によれば、同書は三刷までしてで合計約八〇〇〇部ほど発行されたという。印税は一〇〇万円ちょっとであろう。清治氏に何かあてがあったのだろうか。

 昭和五八年一二月、清治氏は韓国忠清南道天安市を訪間、私費で建てたとされる謝罪碑の前で土下座した。その「望郷の丘」の碑にはこう刻まれている。

 〈あなたは日本の侵略戦争のために徴用され強側連行されて 強制労働の屈辱と苦難の中で 家族を想い 望郷の念も空しく 貴い命を奪われました

 私は徴用と強制連行を実行指揮した日本人の一人として人道に反したその行為と精神を潔く反省して 謹んで あなたに謝罪いたします。

 老齢の私は死後も あなたの霊の前に拝跪(はいき)して あなたの許しを請い續(つづ)けます 合唱 

 1983年12月15日

 元勞務報奥習徴用隊長 吉田清治〉


 それは例えば「たった一人の謝罪(写真付)」朝日新聞一二月二四日、取消記事のように、新聞テレビなど各メディアで大々的に取り上げられた。

 だがこれについても、長男は、「石碑を建てたり、韓国に行ったりするお金は、うちにはありませんでした。あれはいろいろな人からの支援だと思います」と言う。

そしてこんな話を打ち明けるのだ。「韓国から戻ってきた後、父のパスポー トを見てびっくりした記憶があります。日本からの出国と帰国のスタンプはあるのですが、韓国への入国、出国のスタンプが押されていない。なぜかと聞いたら、韓国の空港につくやいなや韓国政府の人がやってきて特別室に案内され、そのままソウルの街に出たんだそうです」さらにこうも語る。

 「いずれはご長男も韓国に来てもらって 韓国を好きになってもらわなきゃ困りますと偉い人から言われたそうです。立派なことをやっているんだと、そう私に自慢したのを覚えています」

 一方、謝罪の旅をテレビで見ていた、先の神奈川県警刑事・堂上氏はこんな感慨を抱いた。「正直なところ、可哀そうだなと内心思いました。本当のおやじさんの顔じゃなかった。痩せちゃっているし、怯えている姿そのものでしたよ。自業自得だな、しょうがないなとは思いましたが、最後には可哀そうになってきた。このあとKClAに殺されなきゃいいな、とも思いました」

 一方、訪韓謝罪パフォーマンスは、当然ながら日本の右翼を激怒させた。長男が言う。「訪韓後しばらくして、父は笹川良一氏に呼び出され、顔面倉白になって帰宅したことがありました。尋常でない様子に声を掛けると、"韓国に強制連行の碑を建てて謝罪して回っているそうだが、今後こういうことをしたら命はないものと思えと脅された"と語ったのです」
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