慰安婦問題を作った男の肖像③

新潮45 2016年 09 月号
「吉田清治」長男、衝撃の告白  「慰安婦像をクレーン車で撤去したい」 慰安婦問題を作った男の肖像

 もともとあった事実を歪めて話を作っているわけだ。

 「若い頃、正義感に燃えて養子にしてやったと父は一言ってましたが、どこまでがほんとのことなのか。私は会ったことがありません。ただ養子にしたことで、親戚から戸籍を汚したと、非難されたようです。 また職場からもよく言われず、それ刑務所に投獄される理由になったと言っていた。ただ詳しくはわからないのです」

 この養子を巡って何があったのか。

 戦前に禎郁氏には二人の子供が生れた。長男は昭和一八年に福岡で出生、次男は昭和二〇年八月に中国・遼寧省で生まれている(翌年瀋陽で死去)。だから日本と大陸を行き来していたことがうかがえる。戦後は日本に来て、吉田家の籍からは昭和二三年に抜けているが、その後も清治氏の人生に影を落としていく。

吉田清治の戦後

 「慰安婦狩り」をしたという山口県労務報国会下関支部について、長男はほとんど何も聞いていない。ただし、これだけは訴えたいとこう述べる。「労務報国会の下関支部は朝鮮人男子の労務というか、下関市内の大工、左官、土木工事の方々を雇って日当で払う仕事の現場監督みたいなものですから、慰安婦とは何の関係もない。 そのことは長男としてはっきり言っておきたい」

 労務報国会は日雇い労働者の組織化を図るため昭和一七年六月に設置された半官半民の組織である。吉田清治氏が在籍していた確かな証拠はないが、否定する材料も見つかっていない。ただ長男はこんなことを言う。

 「終戦時、父は労務報国会で物資の管理をしていたそうです。だから戦後、その物資を自由に隠匿できた。戦後一番必要になるものは何かと考えると、食料です。それを作るためにお百姓さんには肥料が必要ですから、そこにあった配給の余りものの肥料を隠匿して『下関肥料』という会社を作った。一時はもうかったようです。ただ父は商売の経験がない。どんぶり勘定であっと言う間に倒産してしまいました」

 調べてみると、昭和二五年九月一八日付で「下関肥料株式会社」という会社が登記されていた。取締役二名に続き、「会社を代表する取締役として吉田雄兎の名前がある。昭和二六年に取締役一人が辞任し清治氏の妻フサエさんに替わっているから、この頃までは活動していたのかもしれない。

 同時期、清治氏は下関市議会議員選挙にに共産党から立候補して落選している。昭和二二年のことだ。これに関しては、「雇っていた朝鮮人がみんな共産党で、それで立候補したんじゃないかな。担がれて、その後は共産党とのかかわりなんて一回もないです」と長男はそっけない。

 時代を少し遡るが、清治氏が結婚したのは、昭和一九年五月のことである。下関市に婚姻届を出している。妻フサエさんの実家は、農業のかたわら、煙草と塩の専売店を営んでいたという。戦後の混乱期は実家かその付近に住んでいたようだ。

 そして今回のインタビューをした長男が生まれるのは、昭和二四年。二年後には次男が、その翌年には三男が誕生するものの、三男は生後一週間ほどで他界し てしまう。

 長男の記憶するところでは、清治氏は生涯、仕事らしい仕事に就いたことがないという。

 「小学校のとき、経済的な理由で何回も引っ越しました。だからよく転校した。貧しかったと思います。ただ父は非常に気位が高くて、働かずに家にいても男子厨房に入るべからずという感じで、女子供のやるようなことは絶対しない。母の実家にいたときだけ食事には困らなかったという記憶があります」

 記録では、昭和三〇年から三五年まで、一家は東京・三鷹に住んでいたことになっている。「借金取りに追われて、逃げるようにして三鷹へ行ったんじゃないでしょうか。四人掛けの席の真ん中に板をかけて親子四人、ゆったり足を伸ばして座れるようにしたのを覚えています」

 長男の生年を考えると、三鷹には入学した小学校があった可能性がある。長男は下関市の小学校二校にも通った記憶があるから、中学までには下関に戻っている。その東京での時間が何だったのか 長男にはわからない。

 戻って間もなくの頃だったか、清治氏はNHKが募集していた「ラジオと私」という懸賞に応募して、一等、一〇万円を獲得したという。当時の大金である。

 「私が小学六年か中学一年頃かと思いますが、いい作文でした」と長男は振り返る。

 父(清治氏)が帰宅すると、ラジオから流れてくるはやりのコマーシャルソングに合わせ、息子二人が楽しそうに踊っていた。普段、父は子供に歌謡曲を聞かせないようにしていたから、母がラジオを消そうとすると、父はその楽しそうな様子に「そのままで、消さないでよい」と母に告げた――。 そんな話だったという。
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