どの面下げて Are You Nuts?
朝日新聞デジタル
フィギュア三原、黒髪31センチ寄付 難病と闘う19歳
配信日時:2019年4月30日11時42分
https://digital.asahi.com/articles/ASM4V7XF7M4VPTQP00F.html

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ヘアドネーションについて話す三原舞依=25日、東京都港区

 フィギュアスケート女子の三原舞依(シスメックス)は昨年、自分の髪の毛を寄付する「ヘアドネーション」をした。関節が痛む「若年性特発性関節炎」という難病と闘い、スケートで世界のトップを争う19歳。「困っていたり、苦しんでいたりする人に何か自分にできることはないか」と常に考えてきたという。胸の内を聞いた。

     ◇

 昨年4月、三原は黒髪を31センチもバッサリ切った。一気に短髪になったが、「ちょっとでもロングヘアにしたいと思っている方に寄付できたらいいなと思った。どこかで使ってくれていたらうれしい」と笑みを浮かべた。

 「ヘアドネーション」は脱毛症などの病気や不慮の事故などで髪の毛を失った人にウィッグ(かつら)を贈るための活動。テレビで見たり、知人がやっていたりして、三原は小学生の頃から、その存在を知っていた。高校生になって、自分でも寄付できることを知り、「髪の毛を伸ばすのが楽しくなった」。来年も31センチの髪の毛を寄付したいといい、「今は大事に伸ばしています」と話す。

 幼少から慈善活動に触れてきた。「小学校で『人は支え合って生きていくんだ』って教えられましたし、ボランティア活動とかもたくさんした学校だった」。ベルマーク運動を真剣にやって、回収日にはスーパーの袋がパンパンになるまで集めた。軍手や雑巾を小学校に持っていって、学校周辺のゴミ拾いなどにも積極的に参加した。「自分にできることがあればやりたい」。そんな気持ちはずっと心の中にあった。

 自らが病気を抱えていることも「関係があるかと言われれば、あるとは思う」という。2015年12月に若年性特発性関節炎と診断され、入院した。全身の関節が痛み、車いすで生活をしたともあった。今も薬を服用しながら、スケートに打ち込む。家族や周囲に支えられてきた実感があるからこそ、「恩返しというか、誰かの役に立てば、誰かに届けばいいなという思いはあります」。

 ただ、氷上ではアスリートとしてのプライドがにじむ。「平等なスポーツのなかでやっている。病気を言い訳にしたくない。本当は公表したくなかったくらいです」。目標だった平昌五輪に届かなかった悔しさを、北京五輪にぶつける。「トリプルアクセル(3回転半)や4回転ジャンプが必要な時代になっていると思う。食らいついていきたい」。まず、来季の世界選手権出場を目指す。(大西史恭)

     ◇

〈みはら・まい〉 1999年8月22日生まれ、神戸市出身。小学生の時に浅田真央に憧れ、競技を始める。2017年の世界選手権5位で、同年の四大陸選手権では優勝。19年ユニバーシアード冬季大会では日本選手団の主将を務め、金メダルに輝いた。甲南大学2年。

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2月の四大陸選手権のエキシビションで滑る三原舞依=米アナハイム

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昨年の全日本選手権女子フリーの演技をする三原舞依=北村玲奈撮影

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取材に応じる三原舞依=25日、東京都港区

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「全力!」という自分のテーマを色紙に書いた三原舞依=25日、東京都港区

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取材に応じる三原舞依=25日、東京都港区

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「全力!」とテーマを掲げた三原舞依=25日、東京都港区

東洋経済オンライン
「ベルマーク」は勘弁!母たちの切実な叫び
配信日時:2015/07/02 6:00  執筆者:大塚玲子
https://toyokeizai.net/articles/-/75218

賛否両論!「ベルマーク」をどうするべきか
配信日時:2015/07/07 6:00  執筆者:大塚玲子
https://toyokeizai.net/articles/-/75223

舞依ちゃんが他の選手とどう違うかとよく考えたら、髪の毛を染めていなかったんですね。黒髪でいるのは「ヘアドネーション」のためだったのですね!人の役に立ちたいという考えを持っていて、本当に偉いですし尊敬します。

NPO法人HERO  へアドネーションプロジェクト
髪の毛のご寄付のお願い
https://hairdonation.hero.or.jp/hair/

このプロジェクトはあまり知られていないので、舞依ちゃんをきっかけにして皆に知ってもらえるといいですね。

ベルマーク運動なのですが、小学生のお子さんをお持ちのお母さん方が悲鳴を上げる程に面倒な行事(?)らしく、もっと他の形で学校の備品を入手できるようにできないものかという議論がありますねえ。
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日刊スポーツ
三原舞依、苦悩シーズン経て見つけた2つの「自分」
配信日時:2019年4月28日10時0分
https://www.nikkansports.com/sports/news/201904280000143.html

<令和に羽ばたくスケーター 三原舞依>

31年の時を刻んだ「平成」は、日本フィギュアスケート界にとって、人気競技への階段を駆け上がった躍進の時代となりました。スケーターの多くが世界のトップクラスとなり、国内での国際大会代表争いは激しさを増しています。

30日まで続く連載「令和に羽ばたくスケーター」では、平成最後となった今季の雪辱を期す選手たちを取り上げます。第1回は女子の三原舞依(19=シスメックス)。「3位」と「4位」の差を痛感する、大学2年生の思いに迫りました。

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全日本フィギュアスケート選手権大会 女子ショートプログラム SPで滑る三原舞依(2018年12月21日撮影)

220・80点。5位に23・17点の大差をつけながらも、18年12月に行われた全日本選手権でたどり着いたのは「4位」だった。12月23日のフリー。最終滑走で同門の坂本花織(シスメックス)が228・01点をたたき出した瞬間、三原はほほえみながら上位3人の待機場所を離れた。19年3月の世界選手権出場枠は「3」。表彰台を逃したことの重大さは、誰よりも自分が分かっていた。

「去年の全日本だけじゃなくて、一昨年(平昌五輪シーズン)のグランプリ(GP)シリーズ2戦、去年の(GP)1戦も4位。4位と3位の違いは、死ぬほど分かっているんです。でも、仮に自分の演技に対して満足していたとしても、何かが足りないからその順位であり、点数になっている。良かった選手、点数が出た選手っていうのは、私に足りないものを持っていて、私以上のものがあるんだと思います。それに対して心から『おめでとう』という気持ちがあります。でも、悔しさはありますね」

三原はいつも、正直に他のスケーターに対するリスペクトを言葉にする。一方、競技者として当然の「悔しさ」も心の奥底にある。

年末は悶々(もんもん)とした時間が続いた。「正直、ちょっと引きずりました…」。自らの演技動画を何度も再生し「ここがダメ。ここもダメ」と心の中でつぶやいた。体の動かし方、目線が理想と少し違う。自然と悪いところばかりに目がいった。

「結果の悔しさはいつも自分に向きます。『身長が小さいのかな』とかまで思ったりしますからね(笑い)。まあ、それは関係ないと思うんですけれど、そこまで思いこんだり、考え込みすぎるタイプなんです」

五輪有力候補として臨んだ昨季も、ショートプログラム(SP)のタンゴに苦しんだ。出遅れが最終的な順位に響くことが多く、結果として平昌五輪切符をつかむことはできなかった。

「五輪シーズンは、考え込む自分しかいなかったですよね。その度に『あ~あ』となって、どんどん自分でマイナスにしていった」

そんな三原だが、意外なきっかけから前を向いた。

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フィギュアスケート4大陸選手権女子シングルス2位の三原舞依(2018年1月26日撮影)

「2019年1月1日から何をしたっていう訳でもなく、なんか気持ちが晴れて、考え方がポジティブになりました。いい意味で吹っ切れた。だから、今季はいいことも、悪いこともあったけれど、気持ちのコントロールという面で、成長できたシーズンになったと思っているんです」

3位に滑り込んだ2月の4大陸選手権、日本代表の主将として優勝した3月のユニバーシアードを経て、新しい自分が姿を見せた。

「深くは考えるんですけれど、深く考えすぎた後に『ちょっと落ち着いている自分』が『深く考えすぎる自分』を、うまく抑えられるようになったんです」

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アイスショーのために4月初旬に訪れた北海道で、「令和」のパネルを持って笑顔を見せる三原舞依(本人提供)

昔から存在する「深く考える自分」と、新しく生まれた「客観的に見る自分」。苦悩のシーズンを経て、2つの「自分」による、理想のパワーバランスを見つけたようだ。

「両方の自分にフォーカスして、両方を成り立たせたい。悔しさも大事にするし、対処の方法も知っている。そうなれたら、一番強い人になれると思うんです。五輪シーズンに考え込みすぎていた自分も『何でか知らないけれど(どんどんマイナスに考えていた)』と感じる(笑い)。今、そう思えるようになっているのが、客観的に見えている証拠だと思うんです」

令和元年の来季に向け、ハート形の色紙には迷うことなく「世界選手権 出場する!!」としたためた。今季はひと足早くシーズンを終え「私も混ざりたかった。まだ足りていないところがたくさんあるので、それを克服していきたいです」と自国開催だった3月の世界選手権を見つめた。では、目標を達成するためには何が必要なのか-。それは「深く考える自分」が、すでに見つけている。

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令和元年の誓いとして「世界選手権 出場する!!」としたため、笑顔を見せる三原舞依(撮影・松本航)

「やっぱりショートプログラム(SP)。ショートは大会の最初の演技になるんですよね。そこから思い切っていける、強いスケーターになりたい。例えば、体が動きにくい朝練の1本目のジャンプ。そこがミス無くできれば、本番の心配もなくなると思うんです」

技術、メンタル面での課題を掲げ、今度は「客観的に見る自分」が、まもなくやってくる「時代の分岐点」を冷静に分析した。

「4月1日に『令和』が発表される歴史的瞬間を家のテレビで見ていて、感謝の思いが出てきたんです。『この世に私を生んでくれてありがとう』という家族への感謝と、平成の間にスケートを教えてくださった先生たちへの感謝。この時代にいることの幸せ、感謝を、令和の試合で示していきたいと思います」

8月22日に迎える二十歳を前に、三原の内面が変化を始めている。【松本航】

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令和元年の誓いとして「世界選手権 出場する!!」としたため、笑顔を見せる三原舞依(撮影・松本航)

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舞依ちゃんの清楚で謙虚な姿勢に好感が持てますねえ。育ちがいい女性だなあと思います。舞依ちゃんの努力が報われる日が訪れることがあるといいのですが・・・(*≧人≦*)オネガイ~~!!!!

2017年のワールドは舞依ちゃんがショート15位から総合5位まで追い上げたおかげでヒラマサ五輪の枠取りを2枠にできました。もしかしたら、女子シングルは1枠になっていたかもしれないのによく頑張ったと思います。

エースさんが疲労骨折で欠場でしたよね。初出場の選手に枠取りして来い!というスケ連に重圧を掛けられた中、本当によく健闘したと思います。

この2シーズンは報われない結果になっていますが、それでもGPシリーズに台乗りしていますし、四大陸選手権は3年連続台乗りしています。

日本の世界選手権の出場枠は「3」じゃ足りないですね。「5」は欲しいなあと思います。舞依ちゃん、令和元年の活躍を期待していますよ~!
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