どの面下げて Are You Nuts?
日本経済新聞
福岡・大濠公園の花火大会、今夏で終了 安全確保難しく
配信日時:2018/9/14 9:27
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35358680U8A910C1ACX000/

 福岡の夏の風物詩として親しまれていた「西日本大濠花火大会」が今夏限りで終了することになった。開催場所の大濠公園(福岡市中央区)を訪れる観客が年々増え、数年来、安全確保の議論を重ねてきたが「2019年以降は実施が難しい」と判断したという。主催する西日本新聞社が14日付朝刊社告で発表した。

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今年8月1日に開かれた56回大会が最後になった「西日本大濠花火大会」(福岡市中央区)

 同花火大会は1949年から始まり、今年の56回目の大会には6千発の花火に43万人(主催者発表)が訪れた。

 しかし、大会後に園児や小学生が植えたヒマワリ畑が踏み荒らされていたのが見つかったり、公園外で待機していた観客が開始と同時に公園内になだれ込む現象が起きたりして、安全確保などの観点から大会継続は難しいとの結論に至った。

 西日本新聞社広報部は「長年にわたり、大会運営にご協力いただいた関係者、大会を愛してくださった皆さまに心より感謝を申し上げます」とコメントした。

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大濠公園の花火大会の終了理由が「大会後に園児や小学生が植えたヒマワリ畑が踏み荒らされていたのが見つかったり、公園外で待機していた観客が開始と同時に公園内になだれ込む現象が起きたりして、安全確保などの観点から大会継続は難しいとの結論」とな?

うーん、そんな理由だけでと思ってしまいました。

私が8歳の頃(うん十何年前の事)、なぜか変わったメンバーで大濠公園の花火大会に行く事になりました。私と母と長女と祖母。どういう理由だったのか知らないし、覚えていません。というか、常に親が子供に説明をしてくれない人だったので、聞く事もなかったですね。恐らく、行けなかった家族は仕事・学校・友達と約束だったのでしょう。

祖母(叔母宅に同居)は人の嫌がる事を言ってニタニタ笑っている人で、近寄りたくないぐらい大大大嫌いだったけれど、この時はまだ8歳と小さくて、ずるずると祖母と一緒に花火大会に行くことになってしまいました。

それで、いざ花火大会が始まると、アヒルの親子が花火の打ち上げ爆音に驚き、ガーガー鳴きながら濠の中を泳ぎ逃げまどっていました。鳥は鳥目と言われているように、夜行性のゴイサギやフクロウ以外、夜は何も見えなくなります。

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今住んでる所は野鳥の宝庫で、福岡市内なのに野鳥をよく見かけます。夜懐中電灯片手に散歩していると、小川にゴイサギがいて、私がじっと見ているとバッサーと飛んで行きました。

鳥は夜には目が見えなくなるからコウモリにしたら小さいし、フクロウが水辺に降り立つとは思えないし、何の鳥だろうと疑問でした。後で私が見た鳥はゴイサギだと分かったのですが、ゴイサギはペリカン目サギ科なんですね。

ウィキペディアから貰って来た写真はずんぐりむっくりとした姿でサギっぽく見えないですが、普段は首をS字に曲げているからなんですって。

花火大会に話を戻します。今じゃ考えられないぐらい当時は動物愛護の精神がありませんでした。公園内で飼育しているアヒルなのに、花火を打ち上げる日ぐらい捕獲して、ゲージの中に入れておかないいけないのにね。

それから数年後の大濠公園の花火大会では、もうアヒルちゃんの親子は逃げまどっていなかったので、市民からの苦情が市役所にあり、ちゃんとアヒルちゃん達を保護するようにしたのでしょうね。

つい先日(9月4日火曜日)の台風では私の部屋にかわいい宿泊客がありました。

私の住んでいる部屋は角部屋なので、壁面に小窓があります。外に押して開けるタイプの窓で、その日は台風なので閉めていました。

そして、小窓がある洗面所に行くと、窓の所に鳥さんが雨宿りをして夜を越していました。鳥さんがちょうど寝床を探そうと思っていた時に暗くなってしまい、私の部屋の小窓の20cmぐらいあるくぼみで休もうと思ったのでしょう。

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スズメのように集団で群れる鳥ではないにしても、たった1羽で人間の住んでいる所で夜を超すというのは、きっと仲間とはぐれてしまったからなのでしょうね。まだ若い鳥なのかもしれません。

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話を花火大会に戻します。大濠公園の近くに住んでいたので、花火の打ち上げと共に家の窓ガラスが空襲のように振動します。短時間とはいえ、近隣住民にとっては騒音で堪ったもんじゃありません。

それに、花火の打ち上げ師を育成するためには花火大会がひとつでも多くある方がいいでしょう。ですが、都心でするより郊外の大きな川で実施して、福岡市内でも海で行っている打ち上げ花火大会をそのまま継続したらいいでしょう。

また、花火大会にかかる諸費用なんて微々たるものかもしれませんが、路線が中途半端で乗り換えするにも不便な地下鉄を中継駅に連結するのが最優先だろうと常々思っております。塵も積もれば山となります。

もっと都市計画を有効にして欲しいと感じますね。あんなアホな地下鉄を作っているのは日本全国津々浦々探しても、福岡市だけですね。これじゃあ、こんな不便な地下鉄を利用するより、車に乗っちゃいますよ。

それから、自転車の無料駐輪場がなくて、地下鉄駅でさえ、100円取るなんてあり得なさ過ぎます。市営なら、駐輪場ぐらい無料でいいだろうにと思うのですが、福岡市はケチです。

まあね、元々福岡市は支店都市でさしたる産業がなく、税収が乏しいのに、なぜか福岡市の人口が増えていて、雇用はどうなっているんだろうか?と疑問に思う次第であります。

今回はローカルネタでした。またね~ (_´Д`)ノ ))フリフリ !! 失礼しました。
産経ニュース
蔡英文・台湾総統「特殊救助隊員40人用意」 日本語でツイート「日本と困難乗り越える」
配信日時:2018.9.7 14:47
https://www.sankei.com/world/news/180907/wor1809070015-n1.html

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北海道地震への支援を日本語で表明する台湾の蔡英文総統のツイッター

 台湾の蔡英文総統は6日、北海道で起きた地震について、自らのツイッターで「台湾は特殊救助隊員40名、災害救助犬2頭、及び必要な器材を派遣する用意を整えました。これからも引き続き日本を応援します」と日本語で支援の意思を表明した。

 安倍晋三首相の「救命・救助活動に全力を尽くしてまいります」とのツイートへのリツイート(転載)の形で、「台湾は日本の良き友人として、自然災害が続く日本と共にこの困難な時期を乗り越えたいと願い、またそうする義務があると考えています」と述べた。

 蔡総統のツイートは7日午後2時半現在で2万5000以上リツイートされている。

「ともに乗り越えたい」地震受け台湾総統が支援表明(18/09/07)

https://youtu.be/s9vnSauFjdU

北海道で震度7の地震が発生してから10日経ちました。北海道は夜は20℃を下回るので、早く電力が復旧して欲しいですよね。本格的な冬が到来する前に一刻も早く解決して貰いたいです!!

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https://twitter.com/iingwen/status/1037642614802006018

東日本大震災の時も親中の馬英九総統だったにも関わらず、一番乗りで日本に助けに来てくれました。前政権の首相の祖国ごり押しのせいで、台湾の救助隊は空港で2日ぐらい足止めを喰らわされ、下朝鮮からお越しのしょぼい救助隊を一番初めに駆けつけてくれたように偽装しましたよね?

そういえば、泊原発が再稼働していたら、今回の地震で停電にならなかったのにと云われていますね。何でも民主党政権の時の宰相が「活断層がない事を証明しないと原発を再稼働させない」とおっしゃったとか・・・ない事を証明するという悪魔の証明をしろと言われてもねえ。

活断層、、、日本中至る所にあって、日本で暮らすからには地震から逃げられることはできないのにねえ。むしろ、東京や名古屋の方が首都直下型地震や南海トラフ地震が来ると思って危機意識があるのに、ここのところ大きな地震は起きていません。

大きな地震なんて絶対にないと思っていた熊本で震度7の地震があり、隣の県に住んでいる私も震度5弱を経験して細かい地震(余震)が続きました。神奈川にお住いの方から東日本大震災の時がそうだったと教えていただきました。

それにしても、台湾はいつも日本の危機的な状況で手を差し伸べてくれる優しい国。地球上に台湾があると思うと、暖かい気持ちになります。戦時中の台湾の人にまつわるエピソードを聞くと涙が出てきます。

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https://twitter.com/iingwen/status/1037239618091999232

蔡英文総統はすごく素敵な女性だなあと思います。こんな年の取り方をしたいなあとあこがれますねえ。李登輝元総統が見込んだ方だけありますね。文化放送おはよう寺ちゃん寺島尚正アナが蔡英文さんが総統に当選した時、「ちびまる子ちゃんを大人にしたような女性」と表現していました。まさにそんな感じの女性です。

明治以降、日本が領土を広げた際、まず沖縄と北海道が日本になって、日清戦争後に台湾と朝鮮が日本になり、日露戦争後に南樺太と満州が加わって、さらに第一次大戦後、パラオも日本領土になりました。

日本が第二次大戦に負けた時、昭和47年に沖縄がアメリカから返還されるけれども、北海道以外日本は一時(いちどき)に領土を失ってしまいました。

日本は学校や病院を建て、道路や上下水道と鉄道を整備し、灌漑設備を作り、正確な度量衡をして石高を上げ、山に植林をしました。日本の植民地統治は、欧米型の収奪・搾取ではなく、インフラを整え、教育を施し、公衆衛生を改善するやり方でした。

それを戦後、共産主義が台頭して反日になった南北朝鮮では否定的なとらえ方をして、日本の善意を曲解してしまいました。日本は共産主義の防波堤にと思って、最後まで日本からの持ち出し(赤字)で頑張っていたけれど、恨まれこそすれ絶対に感謝されない結果となりました。

台湾とパラオは素直に解釈して、今でも恩義に感じてくれています。もうほとんど満州語を話す人は淘汰されてしまっているけれども、満州人も非常に親日で、中国残留孤児を拾って育ててくれたのは満州人であって、支那人ではないらしいんですよ。

支那人だったら、たぶん日本人の赤ん坊を食べてしまうんじゃないでしょうか?それは冗談としても、赤ちゃんを見ても、家に連れて帰らないと想像します。満州人は日本人の置いていった子供だから、きっといい子に違いないと思って、育ててくれたのだそうです。

文明がない所に住む人は素朴で純朴なので、物事を悪意に解釈しない。中途半端に文明がある所を統治するのは、後々禍根を残す事になるという教訓を半島から得たけれど、その代償がかなり大きいですね。

明治維新で尊王攘夷して討幕運動の中心だった藩が薩長土肥なので、半島に思い入れがあった模様。官営八幡製鐵所も岩手県釜石と福岡県八幡とでどちらに建設するか、最後まで争ったのだそうです。ここでも運命の分かれ道があったのですね。

明治政府の要人のほとんどが薩長土肥出身者だったので、半島に近い方にということで、福岡県八幡村に官営製鐵所を建てました。第二次大戦終戦間際の広島と長崎の原爆投下も、本当は八幡製鐵所に落とす予定だったのが、2回ともちょうど上空に雲がかかっていて予定が変更されて広島と長崎に投下されてしまいました。

福島の会津藩は幕末に幕府側について、討幕側に負けてしまいました。幕府側についた東北地方から北海道にかけての地域は、半島にかけたような投資をして貰えませんでした。第二次大戦後の半島の手のひら返しと在日の素行の悪さを思うと、明治政府の要人に対して怒りがこみ上げてきます。

豆知識ですが、半島は「県」ではなく、「道」というでしょう?北海道と同じく、新しく開発した地域だったので、「道」=地方という呼び方にしたそうです。

当時の日本人は戦争に負けると思ってなかったし、負けた後の事を何も想定していなかったので、半島を自国と同等に扱ったツケが戦後ドッときてしまいました。半島に投資するというドブに捨てるような無駄な事をするぐらいなら、同じ日本国にお金をかけて欲しかったですよ。

そうしたら、東北で大凶作により飢饉が起こった時、若い娘さんが満州や半島に身売りに行く事もなかっただろうし、戦後しばらく続いた3ちゃん農業と言われるような出稼ぎもなかっただろうしねえ。

たらればを言ってはいけないけれど、明治政府の要人の地域差別に対して腹立たしく思う、北海道は厚真町で起きた震度7地震に対しての感想でした。
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