ホィ(ノ´∀`)ノ ⌒ ①のつづきです★

千野隆司の「時代小説の向こう側」  千野隆司さんのブログ
犬のお伊勢参り
公開日時:2010年03月23日08:56
http://blog.livedoor.jp/chino17jidai/archives/51504686.html

日暮れになると人家の前に立ちます。竹筒を見て「これは参宮の犬だ」ということになり、家の中に入れて餌を与え、寝かせます。竹筒の中からいくらかの銭を費えとして取り、また心ばかりを返します。犬は出された朝飯を食べると、走り去っていきます。

 こうやって日にちを重ね、伊勢参宮を果たすのです。
 伊勢の神官は犬に気付くと、お札を竹筒に入れてやります。犬はやって来た道を、江戸へ向かって帰ってゆくわけです。

「おやハチ、姿が見えなかったが、どこへ行っていたんだ」そう言って町の人は竹筒に気がつきます。
「お伊勢参りをしてきたのか。えらいえらい」大騒ぎをして、ハチを可愛がります。

めでたしめでたしのお話です。

千野隆司さんのブログは2010年3月に書かれているので、仁科邦男さんの『犬の伊勢参り (平凡社新書)』が発売される3年も前の事だったんですね。よくこんな史実をご存知で、世の中奇特な方がいらっしゃいますね。

おかげ犬の中でも人の誘導からはぐれてしまった場合は、他所の家の前におすわりして待っていると、そこの住人がお伊勢参りの犬だと気付いてくれるんですね。何とも親切な当時の日本人。

犬に代理でお伊勢参りに行かせるというのは、犬を使役で使っていない家庭だったから思い付いた事なのではないかと思う。またぎは犬がいないと狩猟が出来ない。仏教の教えで肉食しないし、羊の放牧をしないし、ヨーロッパと違い、日本はあまり犬を必要としない文化だった。

縄文時代は狩猟採集生活なので、犬がいないと生活が成り立たなかっただろうけど、日本に文明が入ると犬をあまり必要としなくなった。しかし、隣のテョン国やシナーと違って犬を食べる事はなかった。犬を捕まえようとする絵は残っているので、食べる人も中にはいたかもしれないけれど、ニダーさんのように精が付くからと犬をなぶり殺して食べるような悪趣味はなかった。

HONZ
『犬の伊勢参り』 - 色彩を持たない動物たちと、その巡礼の道
投稿日時:2013年04月21日  内藤順(HONZ編集長)
http://honz.jp/24933

「境内に犬を入れるな」とは、古くからの伊勢神宮における決まり事であった。犬が死んだり、お産をしたり、死肉片をくわえてきたりすることも、全て穢れとされてきた。だが、その法すらも簡単に破られてしまったのである。そしてその後も、犬の伊勢参りの目撃談は、続々と頻出することになる。

だがその後は、主人が自分の代わりにと犬に思いを託して行かせたケースなども登場する。一旦飼い主のもとを離れた犬には、「えらい犬だ」「伊勢参りの犬だ」とみんなが感心して銭を施してくれる。重くなりすぎて犬も大変そうだと、周りの人が銭を運ぶ。まるでお祭り騒ぎのうちに、事が運んでしまうのだ。

日本の犬の単独旅行、最長距離記録も伊勢参りの犬によって樹立されている。幕末の嘉永年間に3年間の月日をかけて、青森・黒石と伊勢神宮との間を往復したのだ。その距離、推定で約2400Km 。しかも、このケースが凄いのは、誰かの勘違いがきっかけであったらしいということだ。

この犬を偶然見かけた人が、「もしかしたら、これが噂に聞く伊勢参宮の犬ではないか。」と思う。そこで、どこの犬か誰でもわかるようにその犬と出合った場所、を木札に書き記して首から下げ、それから道中使えるようにと銭の穴にひもを通し、首にまいてやる。これにて、立派な「伊勢参りの犬」の出来上がりというわけなのだ。

誰かが、この犬を伊勢参りの犬ではないかと思った瞬間、本当に伊勢参りが始まる。荷物が増えれば、宿場から宿場へ、皆が運んでくれる。善意の人たちが至る所にいた時代。犬にしてみたら、さぞかし迷惑であった可能性もある。善意と悪意は、まさに紙一重だ。

さらに本書では、犬だけではなく、豚や牛の伊勢参りについても言及されている。しかも豚にいたっては、広島から船で瀬戸内海を抜け、潮岬をまわり熊野灘に出ることによって、伊勢神宮へやってきたというから驚く。豚が伊勢参りをした年は式年遷宮の年。願主は豚に代参させてまでも伊勢参りをしたかったのかもしれない。

伊勢参りをはたした犬の多くが、白い犬であったという点も見過ごせない事実である。古来より白犬には霊力があると言われてきた。日本武尊は信濃で道に迷った時、白犬に導かれて美濃に出たとされてきたし、平安時代、関白・藤原道長は法成寺を建立し、白い犬をお供にお参りした。

そんな犬の伊勢参りだが、明治になって間もなく途絶えてしまうことになる。文明開化とそれに伴う洋犬至上主義が、まさに犬の飼い方まで変えてしまったのだ。最後のものと思われる犬の伊勢参りは明治7年、東京日本橋・新和泉蝶の古道具屋渡世の白犬によって記録されている。やがて犬の伊勢参りは、そういう事実があったことさえ人々の記憶から抜け去ってしまうこととなった。

それにしても、犬の伊勢参りが行われていた時代の日本、まさに魅惑のワンダーランドである。伊勢神宮の厳粛さと、犬・豚・牛の参拝という猥雑さが織りなす、奇跡的なスペクタクル。信じることが苦行の道のみにあらず、信仰と娯楽が十分に共存していた時代の話。まるでお伽話のようなノンフィクションであった。

青森県黒石市から伊勢神宮のある三重県伊勢市まで2,400キロを3年かけて往復して帰って来た忠犬がいるとな。昔の犬の寿命は長くなかっただろうから、成犬になったらすぐにお伊勢参りに出さないといけないね。

江戸時代に豚を飼っていた人は食べるためでないとしたら、ペットとして飼っていたのだろうかね。ミニ豚じゃないとかなりのサイズになると思うけど。豚はきれい好きで、トイレを一ヵ所でするので利口らしいですね。

白い犬で思い出すのはソフトバンクのCMのお父さんで有名になったアイヌ犬のカイ君ですね。

一心一写  青柳健二さんのブログ
犬がお伊勢参りをした話は本当か? 仁科邦男著 『犬の伊勢参り』
公開日時:2016/05/12
http://asiaphotonet.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-7f97.html

伊勢神宮は犬は不浄な動物で、犬が宮中に立ち入るのを禁止していましたが、それをかいくぐって、本宮前の広場で拝礼の姿勢を取った。それを見て、神官たちはこれは普通の犬ではないと、犬をいたわり御祓をくくりつけてあげたらしい。次の内宮でも拝礼したので、追い出すわけにはいかなくなったという。

「拝礼の姿勢」とは、ようするに「伏せの姿勢」だったのでしょうが、この話の本質は、ここではありません。大事なのは、その犬が道中いろんな人たちに助けられてお伊勢参りをしてから飼い主のところへ戻ったというのがすごいところでもあるし、日本的なのです。

犬は殺されることもなく、お布施を盗まれるどころか、重いだろうからと、代わりに持ってあげた人もいたそうです。

この話を聞くと、当時の日本人の旅する犬に接する姿がありありと想像でき、街道の様子まで見えるような気がしてきます。なんだかほのぼのとして、ユーモアもあって、面白いですね。俺はこういう話、好きですね。

「犬の伊勢参りは人の心の生み出した産物でもあった」と著者は言います。例えが適切かどうかわかりませんが、「こっくりさん」と似ているのでしょうか。みんなの意識・無意識の願望や希望が犬を導いたということらしい。

犬が伊勢神宮の方を向いて歩いていれば、「参拝に行くのに違いない。感心な犬だ」と思い、また札には飼い主の住所も書いてあったから、いろんな人の世話によって、飼い主のもとへ導かれた。犬がどこかへ行きそうになると、そっちじゃないと、道案内までしたそうなので、結果的に犬は参拝して、飼い主のところに帰ることができたのです。

今でもそんな傾向がありますが、日本人の親切心は、当事者の意思とは関係ない方向へと導いてしまうこともあります。犬の意志とはあまり関係ないかもしれません。

とにかく、「こんぴら狗」の話といい、お伊勢参りの犬の話といい、素朴な人たちがいた時代だったんだなぁと思います。

明治になってお伊勢参りの犬がいなくなったのは、それまで日本では地域で飼っていた「地域犬」が一般的でしたが、文明開化で西洋の考えが入ってくると、犬は個人が管理するものというふうになってきて、「地域犬」のように自由な犬が一掃されてしまったから、ということも理由としてあるらしいのです。

明治以前は里犬といって、個人で犬を所有していなかったので、集落で飼っている犬にお伊勢参りを託す訳なんだね。今の猫は放し飼いしなくなったけれど、昔は家で餌もらって、散歩中に他所の家で食事もらって違う名前で呼ばれてというのがありました。

猫が放し飼い出来た時代のように犬も放し飼いで共同体の共有だったという訳なんですね。日本とイギリスは狂犬病を撲滅しましたが、昔は日本に狂犬病はなかったんでしょうかねえ。他害のないお利口なわんちゃんがおかげ参りをした話がたくさん残っているからには、犬の伝染病も鎖国によりなかったのかもしれません。

犬や豚にお伊勢参りさせるのは日本ならではというかアジアの発想。ヨーロッパはグリム童話の『かえるの王さま』にあるように悪い事をした罰として動物に変えられてしまう話が多い。対してアジアは動物が人間に化けて、人間にいたずらをしたり良い事をしたりする。

昔家にあった『中国の昔話』という本の中に、狐が人に化けていたずらをするお話しがありました。なので、支那にも日本と同じく動物が人間に化ける民話があります。

要するにアジアの考え方は動物をいじめると自分に返ってくる。来世は動物に生まれ変わるかもしれないという考えもあるし、動物が人間と対等なので、動物が人間に化けるという親密な距離にある。

Blue Moon  三浦小太郎さんのブログ
「犬の伊勢参り」仁科邦男著 平凡社新書 犬好きの方には絶対おすすめ
公開日時:6月 25th, 2017
http://miura.trycomp.net/?p=4357

江戸時代、ほとんどの日本人は「一生に一度はお伊勢参りに行きたい」という意識を持っていました。もちろんいまのような交通機関もない時代、う簡単なことではありません。それが時々爆発的な流行となったのが「おかげ参り」で、仕事も何もかも放り出し、仲間と共に伊勢を目指す現象が、だいたい60年ごとに起きています。最初の犬の伊勢参りは、1771年のおかげ参りの時に置きました。もともと伊勢神宮は犬はけがれとして立ち入り禁止でしたが、この年、次のような不思議なことが起きました。

「4月16日午の刻(昼頃)、上方から犬が参宮したと町のほうで騒いでいる。その犬を観てみると、毛色は赤と白のまだらで、小さめの雄犬だった。ちょうど山田筋向橋の茶店で、おかげ参りの参詣人に握り飯を施しているところだったので、犬にも与えるとそこにいた人と同じように握り飯を食い、真一文字に外宮の方へ駆け出し、外宮北御門口から手洗場にいき、ここで水を飲み、本宮に来て、お皆の前の広前(広場)に平伏し、本当に拝礼する格好をした。常に犬は不浄を食うものなので、宮中に犬が立ち入ることを堅く禁じているが、この犬の様子は尋常ではないから、宮人たちは犬をいたわり抱えてお祓いを首に括り付けて離してやった。」(同書、原文は当時の外宮神官、度会重全著「明和続後神異記」より、著者が現代文に訳したもの)

この犬はさらに内宮にも向かって広場で「拝礼」し、その後は首にお祓いを付けたまま、山城国(京都南部)の飼い主、高田善兵衛のもとに帰りました。道中、様々な人が銭を与えたらしく、ひもを通して首に巻き付けた銭が何百にもなり、重くて大変だろうと銀の児玉に変えて首につけられていました。不思議なことに、他の犬もこの犬には吠え掛かることもなく、無事、伊勢参りをこの犬は果たしました。これが最初の「犬の伊勢参り」の記録です。

著者はなぜこのような不思議な現象が起きたのか、本書44ページで説得力のある解説をしていますが、これ以後「犬の伊勢参り」はこの犬だけではなく幾つも起きることになりました。ついでにこの話も付け加えておきますと、飼い主が、自分は病身、また年老いていてお伊勢様に参ることはできないので、お前が変わってお参りをしてくれと犬をなでながら言うと、夢枕に犬があらわれ「仰せに従い代参いたします」と述べたので、犬の首に飼い主の住所を括り付けて送り出した、犬は道中、お店や家などに食事をもらい、渡し場では船に乗って伊勢を目指す、という伝承も伝えられています。

この本を読んでいると、江戸時代の人間と犬、人間と動物の関係は、明治近代以後とは全く違うものだったことがわかります。

今はいわゆる猫ブームが起きていますが、その中で時々「犬は主人に忠節を誓い、猫は自由」みたいな比較論が時々見受けられます。言いたいことはわかるし大筋では正しいんですが、江戸時代は犬と主人の関係はもうちょっと違っていて、「里犬」という飼われ方のほうがむしろ多数派でした。犬の多くは横丁や長屋の路地や縁の下、村のお堂や藪の中に住み着き、食事は隣近所の誰からももらい、今でいう生ごみを「処理」していました。「伊勢参り」が起きたのは、このような「里犬」の存在無くしてあり得なかったことを本書は見事に解説し、だからこそ、犬を個人の飼い主が責任を持って飼うという「近代社会」が明治とともに訪れると「犬の伊勢参り」は消滅したことを証明しています。大変面白い本ですので、ぜひご一読を。

江戸時代が悪だったと解釈する歴史学者がいたりするけれど、確かに税の取り立てが厳しく、幕末の百姓一揆を鉄砲で鎮圧するのだから、人権もあったもんじゃないという部分はある。

でも、義務教育が始まる以前の江戸の寺子屋の方が職業教育に直結しているためか天才率が高い。伊能忠敬本間宗久なんか現在の日本では絶対に出て来ない。

江戸時代の犬の所有の概念が文明開化で変わってしまったのを読んで思い出したのが、『竹林はるか遠く』です。

擁子さんが満州国境の羅南から京城(現ソウル)まで逃げて来て、さらに京城から釜山まで逃げる時、列車の屋根に乗って行くのだけど、その時年老いた男性が手を差し伸べて乗るのを手助けしてくれます。お礼にゴミ箱で漁った米兵の食べ残しのカビたサンドイッチをあげます。

戦前はお互い助け合って生きていていたように感じます。戦後の高度経済成長で若者が都会に出て行ってしまい、地域の共同体がない状態になったので、利己的になっているなあと思います。人情がないというか、冷たいというか、そんな感じですね。

戦前の朝鮮半島で起きた事が台湾の日本統治時代を知る女性の本に書かれていました。女学校を受験する際、満員列車に飛び乗ったはいいけど、立ちくらみを起こし列車から落ちそうになった所を兵隊さんに助けてもらったそうです。

素晴らしかった日本の先生とその教育 (シリーズ日本人の誇り (4))
素晴らしかった日本の先生とその教育 (シリーズ日本人の誇り (4)) 単行本 – 2006/11/5
楊 應吟 (著)

某宗教団体のYouTube動画なので貼るのを躊躇しましたが、楊 應吟さんの姿が他では見られず貴重なので、ご紹介しておきます。某宗教団体は俳優の長男が団体を脱会して、父親を非難していますね。タヒないといいのですが・・・

【重要証言】「日本の兵隊さんは本当に素晴らしかった」【ザ・ファクト】

https://youtu.be/lU1qpkVe7rA

本の中にはバスに乗るより、手を挙げて空いていれば日本軍のトラックに乗せてもらう事があったそうです。台湾は空襲の被害はありましたが、本土より随分とのどかな感じしますね。

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http://psnews.jp/dog/p/29874/

おかげ犬 おかげショップ
https://okageshop.jp/SHOP/1045952/list.html

↑ 伊勢神宮に行った時、おかげ犬グッズが売っていたかどうか記憶にありません。とにかく人が多くて食事どころではありませんでした。おかげ横丁で黒豆ぜんざいを食べて帰りました。

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http://blog.livedoor.jp/abechan_matome/archives/35533689.html

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https://mag.japaaan.com/archives/58627

おかげ参り犬 おさん
おかげ参り犬 おさん 単行本 – 2015/12/29
楠木 勝俊 (著), 織戸 隆光 (編集), 松井 麻美 (編集), 中川 朋美 (イラスト)

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絵本にまでなっているんですね。道徳教育にいいのでは?
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【DHC】10/16(火) 百田尚樹×有本香×居島一平【虎ノ門ニュース】
https://youtu.be/kXc-dOjwtpk?t=6213  (1:43:33~)

日本国紀
日本国紀 単行本 – 2018/11/15
百田 尚樹 (著)

百田尚樹: あのね、面白い所がいっぱいあるんですよ。あのー『犬のお伊勢参り』!

有本香: はい、『犬のお伊勢参り』ね。

折島一平: 以前伺いましたね。

百田さん: はい。あれなんかすごいですよね。

有本さん: 面白い。

百田さん: これはどこの歴史の教科書にも書いてないんですよ。

折島さん: よわとしてね。 

百田さん: 『犬のお伊勢参り』なんて正にこれ、あっーこれ日本でしかあり得ないっちゅう話ですね。

有本さん: あり得ない。あり得ないですねえ。

百田さん: あの、もう一回、前言うたかもしれませんが、今日初めての方にもう一回言いますとね、あのー日本はですね、江戸時代に街道整備が完璧に行われました。ほんでそれぞれ宿場町が出来て、ほんでもうーあの時代に―

折島さん: それまで参勤交代の余波っていうか、そうですね。

百田さん: そうです。ロンドンなんか1800年の終わりでも、ロンドンからリヴァプール行くのにわずか30キロの所に女性が一人で行く事が出来なかったっちゅう非常に治安が悪かった。ヨーロッパ全部含めて。

ところが日本は1600年代に既に女性が京都から江戸まで一人旅出来たんですよ。はい、でそれぐらい。えー街道が整備されてきてからですね、いや流行ったんが皆お伊勢参り。とにかく一生に一度はお伊勢参りするという。もう皆一生に一度はお伊勢参りしたんですね。

お伊勢参りなったら関所もどんどん通してくれますから、「お伊勢参りや」言うたら「はーそれだったらどんどん行け」いう事で。ところがやっぱりね、働いて働いて働いて働いてお伊勢参り行こうと思いながら、気いたら年行っててお伊勢参り行けないという老人もいる訳ですよ。

もう今さら江戸からお伊勢参りに行かれへん。そういう人はどうしたかというたら、自分の飼い犬にお伊勢参り行ってもらったんですよ。犬にね、犬の首に―

有本さん: 路銀とね―

百田さん: 札付けてお金付けて―

有本さん: そうそう。

百田さん: 「これお伊勢参り行きますねん。お願いします」言うて自分とこの住所も書いて、犬行って。ほな犬がトコトコトコトコ行って、ほんなお伊勢参り行く人が「お前も行くんか?おいでおいでおいで」って犬一緒に連れてお伊勢参り行くんですよ。

ほんで犬が旅籠泊まったら、旅籠の人は「あっ偉いねーこの犬お伊勢参りするんやねえ」って首にぶら下げているお金を旅籠の人が取って、それで餌与えて「また行っておいで」ってやる。

それだけやないんですよ。周りの人が「この犬偉いね、賢いね。じゃ、私のお金もここ入れとくよ」と―

有本さん: そうそう。

百田さん: 犬にね。

有本さん: お金が増えてく(笑)

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百田さん: ほんでしばらく行くと重くなってもうて、犬が歩かれへんぐらいお金が重くなって。「ほな可哀そうに、この犬可哀そう重うて可哀そうや。私が軽い銀に変えてあげよう」言うて、わざわざ両替して軽くするんですよ。

ほんで犬は最終的にお伊勢行って、そこで今度またあの住所見ながらね、その人が連れて帰ってくれるんですよ。で、これが記録に幾らでもあるんですよ。

有本さん: 幕末なんかではね、相当あったっていう話。

百田さん: いっぱいある。ほんでね、中にはですね、ぶ、『豚のお伊勢参り』っていうのもあるんですよ。

折島さん: へー

百田さん: これはさすがね珍しいと―

有本さん: 珍しい。

百田さん: これはさすがに珍しいって書いてあるんですよ。ほんでね、これは笑い話で済む話、笑い話なんですけど、これね、僕はこの『犬のお伊勢参り』見た時にね、これが日本人かと思いましたね。

有本さん: うーん。そうなんですよ。

百田さん: 動物さえ大事にする。そしてそれを皆で助ける。これね、例えば日本の近隣の亡国某国やったら、こんな事やったら、もう犬次の日に食われてますねん。

有本さん: そう。

百田さん: 金も皆奪われて―

有本さん: そう。あの身ぐるみ剥がされてね。犬は食べられていると思いますよ、ホントに。

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百田さん: いや、こういう国、世界で考えられませんよ、こんな事。

有本さん: ですから、そういういい話と同時に、いかにですね、要するに特に第一次大戦後ですねえ。日本人がそのある意味国際社会というジャングルを生き抜くに不適切である人達かという事も書かれてますよね。

百田さん: はい。

有本さん: 国際交渉ではどうしても日本人ってナイーブ過ぎて、ちゃうやろっていう―

百田さん: 外交でしょっちゅう騙されてるんですよ。

有本さん: そうそう。

百田さん: もう騙され方も酷い。書いててね、何とかせいよ、分からんのか?相手の嘘見えへんのか?そんなんに引っかかったらあかんやんか。書きながら突っ込み満載。やめとけーあかん、そこはサインしたらあかん!とか言いながらね、やってるんですよ、もう。

平凡社
犬の伊勢参り
http://www.heibonsha.co.jp/book/b163623.html

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「新書大賞2014」第2位受賞! 事実は小説より奇なり。ヒトとイヌの不思議な物語の謎を探る。

仁科邦男 著

明和8年、犬が突然、単独で伊勢参りを始めた。以来、およそ100年にわたって伊勢参りをする犬がしばしば現れた。本当にあったヒトと犬の不思議な物語の謎を明らかにする。 明和八年四月、犬が突如、単独で伊勢参りを始めた。
以来、約百年にわたって、伊勢参りする犬の目撃談が
数多く残されている。
犬はなぜ伊勢参りを始めたのか。
どのようにしてお参りし、国元へ帰ったのか?
そしてなぜ明治になって、伊勢にむかうことをやめたのか?
事実は小説より奇なり!
ヒトとイヌの不思議な物語の謎を探る。

【アマゾン カスタマーレビュー】
https://www.amazon.co.jp/dp/4582856756/

★★★★ 面白い!
投稿者H仙人2016年2月2日
形式: 新書Amazonで購入
犬と神社の関わりもさることながら町犬・里犬というのが目からウロコ
昔は共同体が沢山の異種(犬ネコだけじゃなく多種多様なハンディキャップの人)を養っていたのだと改めて江戸の泰平を考えた。
蛇足ながら裏の畑でココ掘れワンワンと鳴いていたポチは里犬だったようだが里見家の犬は飼犬だったのかと…

★★★★★ 日本人の宗教観がわかる
投稿者小山昌美2014年3月15日
形式: 新書Amazonで購入
日本の庶民はこんな感覚を持って、暮らし、歴史をきざんできたのか、と言う感情がわいて、いとおしさを持った。

★★★★★ 犬が単独で伊勢参り? 
投稿者本田香奈子2013年10月11日
形式: 新書Amazonで購入
作り話かと思ったら事実。かつての伊勢神宮に対する庶民の憧れと、敬虔さが犬の単独伊勢参りを実現させたのだと思う。
とにかく面白い。 猫好きの方にもお勧めです。

★★★★ 旅犬
投稿者ヤマボー2013年4月9日
形式: 新書
犬は伊勢神宮にとっては不浄の生き物だったと言う。犬が神宮の敷地内に入ることは禁じられていたばかりか、穢れの対象でさえあった。そうした千年の時代背景を持ちながら、犬が単独で伊勢参りを果たしたのは1771年のこと。

江戸時代の人々にとって伊勢参りは一生に一度は果たしたい夢。式年遷宮に合わせて起きたお蔭参りや抜け参りのブームを見てもわかる。伊勢参りに行くためなら奉公先の主人の目を盗んだり、お札を降らせたりするのは日常茶飯事。しかし経済的な理由や多忙を理由に断念せざるを得ない者がいたのも事実。そんなとき一人の男が自分の犬に代参させることを思いつく。犬の首に「伊勢参り」の札と道中のエサ代や宿場代をくくりつければ旅犬のできあがりだ。信心深いのは飼い主だけで、犬が自発的に行ったわけではないのが面白いところ。そんな旅犬を江戸庶民は放ってはおかない。宿場ではエサと寝床を用意してやり、いくばくかの銭まで喜捨してやり、次の宿場まで人をつけて継ぎ送りにした。飼い主こそ同行しなかったが、地域ぐるみでちゃんと伊勢まで送りとどけたのだ。なにやら人間が参詣の旅に出るよりも効率がよいような気さえしてくる。現に無事飼い主のもとに帰還した犬の首には出かけたときより多くのお金がくくりつけられていたという。重過ぎで気の毒に思った人が両替までして持ってやったというから至れり尽くせりである。。誰もが憧れた伊勢参りであるから、それが人であろうと犬(ときには豚や牛まで!)であろうとみんなで協力するのだ。動物であっても伊勢参りに行く者には敬意を払う。

参詣の人々でにぎわう宿場町を、多くの人に見守られ、気にかけられながら伊勢をめざす犬。なにやら考えるだけでもほほえましい。その時代のおおらかさを実感できる。
たくさんの資料をもとに書かれた興味深い本。人名や資料名、地名にルビが少なかったのが読みにくく、それだけが残念。星四つ。

★★★☆☆ ええっ、犬が。
投稿者sumiyaki男2014年11月10日
形式: 新書Amazonで購入
犬が犬だけでお伊勢参りするものか疑問でしたが伊勢さんに行った例があるようです。信心深いワンコですね。

★★★★ その実態
投稿者志村真幸ベスト500レビュアーVINEメンバー2016年12月15日
形式: 新書
 著者は犬の日本史の研究家。
 本書は、江戸時代に犬が伊勢参りをしていたという、ちょっと信じられないようなテーマを取り上げ、それが歴史的事実であったことを示したもの。
 丹念に史料にあたり、実態を詳細に描き出している。また、単に犬のことを掘り起こすだけではなく、時代的背景・宗教的背景とともに読み込んでいる点が優れている。神道における穢れの概念と犬が結びつけられて論じられており、日本の文化そのものが見えてくるようだ。

★★★★★ 民度の高さは、世界一
投稿者よいわんこ2013年12月27日
形式: 新書Amazonで購入
本書は大変丁寧な検証本ですが、読み進むと心が「ホカホカ」してきます。遠い昔の些細な出来事を、日本人は大真面目に記録し、保存してきました。世界史的に言うと中世の時代に、貴重な「紙」という資材を用い事実を記述し、それを多くの国民が読むことが可能だった日本という国。世界に誇れる民度の高さです。なぜ、学校現場で伝えないのか?

★★★★ バウリンガルで犬に信仰心があるか訊いてみたい。
投稿者河童の川流れベスト500レビュアー2014年3月17日
形式: 新書
 
  鈴木省三(明治初期の医師で郷土史研究家)が著した『仙台風俗史』のなかで「伊勢参り犬」のことを書いていたことについて、司馬遼太郎が『街道をゆく』「仙台、石巻」のなかで語っていたことを下に引用したい。(P155)
 <司馬遼太郎談>
 ・・・こういう噺をを創作してひろめたのは、おおかた伊勢神宮の御師(参詣者の案内、参拝、宿泊などの世話をする人)たちであったであろう。(略)御師は、神官とはいいがたい。日本の新聞社の機構でいえば社員ではなく、販売店主である。つまりは神宮信仰を販売し、また伊勢神宮のそばで旅館をも経営する。御師たちのあいだには諸国のなわばりがきまっていて、例えば陸奥を「檀那場」とするのはだれということになっており、他の御師がこれを侵犯することができない。室町期の御師の数は内宮・外宮それぞれ三百余軒だったといわれ、江戸期に入ると、零細な農民層まで伊勢参りに勧誘するようになった。・・・
 
 この後、司馬遼太郎は、鈴木省三の考証を疑い、かなり「犬の伊勢参り」ということを否定的に語っていたことについて著者は憤慨していた。
 が、評者は、たしかに司馬遼太郎の説のような御師たちのPR活動はあっただろうと思うし、「空から神宮のお祓」が降ってくるなどは人が介在していたのが真実であり、そのなかには御師たちが暗躍していたものもあったのは間違いないだろうと確信してしまった。
 評者は、村犬や町犬が、お伊勢参りに出かける人たちについていき始めたのが「犬の伊勢参り」の始まりであり、そのうち犬の首に名冊をつけ送り出す人もでてきたのであろうと、本書を読みながら想像したのである。
 街道を行き来する飛脚や旅人(伊勢参りの人も含め)のサポートを受けながら、犬が伊勢神宮までの旅を無事終えることが出来たのだろうと想像できる。
 帰路は、首にお伊勢さんのお札をつけているから、当然街道の町や村の人たちがこの犬を見て「感心な犬だ」と食べ物も銭も与え、ますます通行する人や村役人などまでも「お伊勢参り犬サポーター」が増えてゆき無事犬のお伊勢参りが可能になったのだろう。
 犬好きにはお勧めの一冊だと評価したい。

★★★★★ 犬がお伊勢参り?
投稿者原田照雄2018年3月3日
形式: 新書
タイトルを見て犬が単独で伊勢参りをしていたなんて驚きだったが、読後「これは実在した話である」と感じた。疑わしいと思う人にこそ読んで欲しい。
現代日本とも世界中のどの国とも違う世界観を肌で感じられる作品でした。

★★★★★ 犬を飼っている人には読んでほしい
投稿者alfonzo2013年11月14日
形式: Kindle版
最近、寺社に犬を連れて入る人が多くてげんなりする。
「犬は不浄の動物」ということを知らないのか、「うちの子は特別」と無視しているのか...。
と思っていたところで、本書を手に取った。

犬が、人にも連れられず、1匹で伊勢神宮参りするなんて??犬って神社に入ってよかったの??という話を、豊富な史料で裏付けていく。
これにより、江戸時代の信仰の形、旅行事情、人と動物との関係などが見えてくる。
今のように、人間と犬がべったりではなく、お互い「別の生き物」として暮らしていた時代の話なので、超愛犬家には違和感があるかもしれない。
文章は簡潔で読みやすい。

百田尚樹さんの新刊「日本国紀」発売前1ヵ月前でランキング1位ってすごいですね。

この動画を聞いている時に『犬のお伊勢参り』なるものを初めて知り、ググりました。江戸時代はおとぎ話並みにのんびりしていますねえ。

関所があるため自由に旅が出来なかったので、自分の住んでいる村から一歩も外に出た事がない人も居たかもしれませんね。

江戸時代は徳川幕府によって仏教による檀家制度があり、明治以降は明治政府によって氏子制度が設けられました。なので、江戸時代は神社参りよりお寺のへの信仰の方が上になっていたのかと思っていました。

犬や豚に託してまでお伊勢参りしたいと思う信心深さ。四国八十八か所のお遍路さんはお寺で、しかも88か所もあるから犬や豚には代拝は頼めないですよね。

江戸時代は鎖国をしていたので、外国人がいなかったから治安は良かったでしょうね。まあ五人組から隣組に発展する相互監視社会ではあったんだけど。

つい最近まで戸締りしない地域がありましたから、当時は家に鍵をかける事なんてなかっただろうしね。こんなのほほんとした国にいきなり黒船がやって来て開国しろと迫られ、不平等条約を突き付けられる。お人よしな日本は世界に踊り出ない方が良かったのかもしれない・・・とこういう平和な話を聞くと考えてしまう。
NHKスペシャル 戦慄の記録 インパール
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170815

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https://youtu.be/aq5UrEw_RsI

Togetter
NHK『戦慄の記録 インパール』を見た感想「牟田口廉也は現代のブラック企業社長」#インパール作戦 #NHKスペシャル
作成日時:2017年8月15日
https://togetter.com/li/1140535

変見自在 サンデルよ、「正義」を教えよう (新潮文庫)
変見自在 サンデルよ、「正義」を教えよう (新潮文庫) 文庫 – 2017/8/27
高山 正之 (著)

インパール作戦は日本人の民族問題の根深さを無視して作戦を立てたことが敗因だと名物コラムニストの高山正之さんは論評する。

英仏蘭などの植民地を持つ白人国家は、植民地を統治するのに、白人が直接統治をしない。民族間で憎しみ合うようにして、小さな紛争を国内で作り、不満をそちらに向けて、宗主国に敵意が来ないように攪乱するのだ。

ミャンマー(旧ビルマ)の場合、まず山に住むカチン族を平地に降ろして、ごちゃごちゃにする。次に、インド人を入植させて、ビルマ人を支配させる。

紅茶で有名なアッサム地方は、元々はミャンマーの領土だったのを、戦後のどさくさにインドに盗られてしまった。インドは日本にとってはいい国だけど、近隣の国とはトラブルがあるようだ。

日頃からインドに対して恨みつらみのあるビルマ人は、インパール作戦で日本にとっては裏切り行為を働いた。スーチー女史の父親であるアウンサン将軍の評判が悪いのは、日本から見た側面でしか語っていないからだ。

戦争と平和 (新潮新書)
戦争と平和 (新潮新書) 新書 – 2017/8/9
百田 尚樹 (著)

トルストイの同名小説をまんまパクッたタイトルだけど、中身は全く違う。普段から、「真相深入り!虎ノ門ニュース」でしゃべっている事と変わりない。この本を読んでいると、まるで百田さんがしゃべっているかのような錯覚を覚えるぐらいだ。

この本の中で百田さんは、インパールについても記述がある。牟田口廉也がジャイアンであんなに死者を出したにも関わらず、何の処分もなかったと。アメリカは真珠湾攻撃の被害の責任をとってキンメル将軍は解任させられていると。

あと、百田さんは計画が狂った時、失敗した時の事を想定してないのがおかしいと書かれている。牟田口は3週間でインパールを片付けると。もし、それが片付かなかった時の事を考えず、精神論・根性論で乗り切ってしまうつもりらしい。

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))
「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3)) 文庫 – 1983/10
山本 七平 (著)

日本軍は徹底した官僚主義。事業計画を一度作ってしまったら、どんなに状況が変化しても、当初の計画通りにしてしまう。空気の研究の大家である山本七平は、そこに計画を覆すことができない空気の存在があったと書いている。

ジャイアン牟田口は作戦を反対した参謀長の小畑信良を1ヶ月半で更迭したとな。部下が優秀でバカな上官。机上の空論で人命軽視。身内に厳しく、大手メディアにはいい顔をする外面がいいお調子者。

NHKスペシャルを見ていて、イギリスの補給の仕方を感心した。二千メートル級の山なら、飛行機で物資を運ぶのが妥当でしょう。日本はゼロ戦(戦闘機)は作っても、輸送機は作ってなかったのかなあ。とにかく、人をこき使う。

欧米人は合理的。日本はジャイアンが威張り散らして、下の者をいじめ抜く。敵国と戦う前に、味方で消耗してしまう。陸軍と海軍で仕様が違うし、職人も前線に行かせるし、工業地帯がまとまってあるので、カーティス・ルメイの絨毯爆撃の格好の餌食になったし・・・開戦当初は日本の方が圧倒的な強さだったのに、エネルギー補給で不利な上に、愚将や縦割り行政のせいで、どんどん戦況が不利になっていく。

欧米、特に英米は保険の概念があるでしょう。リスクヘッジしておくという考え方が当時の日本人にはなかった。プランA、B、Cと複数用意しておくのが本筋でしょう。失敗が許されない、失敗することはないという楽観的な戦略。

日本軍は戦車を解体して、兵隊さんが運んでるの。遅れすぎというか、人が機械代わり。牛を村人から軍票と交換して貰っても、渡河の際に流してしまう。

相撲取りにも赤紙が来て、渡河の際に橋桁を担がされるという任務に就かされる。大相撲は昔は年6場所もなかったけど、戦況が厳しくなったら、休業してたんだろうね。

補給路を無視した作戦。食料を現地調達するのは、略奪と変わりないでしょう。小さな村々では生産できない人数が押し寄せられたら、たまったもんじゃないよね。

けれど、現地の人が下痢で倒れている兵士を介抱してくれたりして、本当に親切だなあと思った。日本軍も「今から戦闘があります」と一軒一軒家を回ったらしい。お互い様が生きてる感じ。

インタビューに答えている人達の年齢がすごい。もうすぐ百歳という人ばかり。厳しい戦火をくぐり抜けても長寿。ものすごい生命力の逞しさ。日本人とイギリス人が長寿なのは医療が発達しているからだけど、インパールの人達も長生き。強靭な肉体で、日々よく体を動かして、健康的な食事をしているんだろうなあ。

ニューギニアと同じように餓死者の方が戦闘で亡くなった人より多いという無計画さ。人の命を何だと思ってるんだろう?これだけの大失敗は解任だけじゃなくて、普通は処刑でしょう。それを牟田口は天寿を全うしたんだよね。さすがに悪い奴ほどよく眠る。

拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる (文春新書)
拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる (文春新書) 新書 – 2004/4/20
関岡 英之 (著)

日下公人塾『日本出動』#20 ゲスト:関岡英之【最終回~安倍首相の外交術とインド~】

https://youtu.be/wZtLK6zx4uc

年次改革要望書の存在を日本で初めて明らかにした関岡英之さん曰く、インパール作戦は昭和19年ではなく、あと2年早く実行されていれば成功しただろうと取材に行った際に、現地の人に言われたそうだ。

はっきり言って、成功しようがしまいが、何のために、こんな作戦を決行したのか、甚だ疑問である。まずは支那事変を片付けるのが先であったし、勝てた戦争に負けた大本営にはほとほと呆れる。
韓国慰安婦問題に反論するジェイソンモーガンにエールを!|竹田恒泰チャンネル

https://youtu.be/V4xlcZftf-Y

【9月18日配信】江崎道朗の備忘録「米国人歴史学者が訴える~「反日思想に染まったアメリカの歴史学会」」【チャンネルくらら】

https://youtu.be/tcxcceSEoB4

【青山繁晴】真珠湾記念館・資料館に行ってきました。アメリカの評価とは・・・・・・

https://youtu.be/aHnSErtZp9k

アメリカはなぜ日本を見下すのか? - 間違いだらけの「対日歴史観」を正す - (ワニブックスPLUS新書)
アメリカはなぜ日本を見下すのか? - 間違いだらけの「対日歴史観」を正す - (ワニブックスPLUS新書) 新書 – 2016/8/24

ジェイソン・モーガンさんがアメリカの歴史に疑問を持つきっかけは、保守系・父方のおじいさんのおかげ。父方のおじいさんが保守で、母方のおじいさんが左翼。保守派のおじいさんは小学校を中退したのに、戦争から復員してきて、12年かけて弁護士になった非常に立派な人。

保守派のおじいさんは特攻隊について、日本の兵士は負けると分かっていても、国のために命を捨てて戦う姿を見て、敵ながらあっぱれと讃えていた。ルーズヴェルトが諸悪の根源で、日本と戦争すべきではなかったとも言っていたそうだ。そして、敵だった日本の車を買ったとのこと。

ジェイソン・モーガンさんは1977年生まれ、ルイジアナ州ニューオリンズ出身で、カトリック信者。アメリカ南部出身・・・南北戦争で北部(ヤンキー)に負けて、全て南部のせいにされた事で、東京裁判史観によって全部日本が悪いにされている事が理解できるという。

カトリック信者ということで、白人ではあるけれど、WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)からは外れる。アメリカはピューリタン(清教徒)の国で、清教徒は突き詰めて言えば、“自分達は選ばれた民”という考え方の人達。

こういう分析をする元アメリカ人で、日本人になったマックス・フォン・シュラーさんがいる。マックスさんもアメリカは清教徒という選民思想があり、お節介に自分達の思想を押し付け、世界を支配して良いという驕りがあるということ。

何でアメリカにユダヤ人が多いのかなあと思ってたんだけど、自由主義が行き過ぎて新自由主義になっているけれど、商売人が多いからだろうなあと思っていた。ユダヤ教も選民思想なので、アメリカの建国思想と合うからじゃなのだろうかと思う。

ジェイソン・モーガンさんは幼少期、石油会社にお勤めのご主人アメリカ人と日本人の奥さんが隣に住んでいて、日本人の奥さんに子供用のクジラの絵柄のお箸を貰ったとのこと。クジラというのがミソだよね。今なら、シーシェパードが叩きまくる存在。

そして、高校時代には浮世絵にはまったとのこと。随分と古風な若者だねえ。それで、左傾化していたので、政治的に関係ない美術にのめり込んでいたのだそう。

大学はテネシー大に行って、日本語の授業で一緒になった岐阜から来た日本人留学生の寮によく足を運んだらしい。ちょうど夕食中で、カレーライス・焼きそば・お好み焼きを御馳走になり、日本から届いた小包の梅干しや麦茶も口にしたそうだ。

ジェイソンさんはその岐阜出身の日本人を頼って、日本に初来日(初の海外旅行)している。名古屋城を見物した時、英語の説明を読んでいたら、戦時中金のしゃちほこ諸共天守閣全てがアメリカの空襲で焼け落ちており、戦後コンクリートで造り直したのを、誰の攻撃(空襲)により焼失したのか?全く触れていない日本人の奥ゆかしさというか、相手をいつまでも責めない民族性にいたく感動したそうな。

ジェイソンさんはアメリカの白人だけど、なかなか好奇心旺盛な若者だったんだね。ジェイソンさんと私は同世代なんだけど、大学の時テョンと交流したら、寿司なんてこの世の食べ物じゃないという形相をされました。テョンは寿司をテョン国起源ウリジナル説を唱えているけども、20年前まで生で魚を食べる習慣なんてありませんでしたよ?

テョン国料理について謎なんだけど、酢を使う料理がないよね。酢の物がない。洋風だとマリネ。支那は甘酢あんかけがあるのに、テョンは酢を使わないよね。代わりにゴマ油を一斗缶で買うんでしょ。

ジェイソンさんは支那にもテョンにも暮らした事があって、両国とも息を吐くように嘘をつくので、嫌いになったのだそう。テョンは何でもウリジナルを豪語するので、呆れて話にならないと。マックス・フォン・シュラーさんも同じ事を言っていました。

ジェイソンさんは法制史の研究をされていて、日本の戦時中の裁判記録を読んでいると、日本の方がアメリカより裁判が公正できちんとしているとのこと。アメリカは権力者が握り潰すことが可能なんだと。

ジェイソンさんは邪馬台国の畿内説と北部九州説の討論会に参加した際、お互いの意見を尊重し合い、話し合いが成立している日本の歴史学会はアメリカに比べてまともだと思ったのだそう。

慰安婦強制連行は秦郁彦氏の論説を引用しながら、事実無根のファンタジーと一蹴してくれている。日本のために、ここまで言ってくれる人が出て来てくれたなんて嬉しい限りです。

Web Voice
古森義久&ジェイソン・モーガン なぜ慰安婦問題に対する対日批判が後退しているのか
公開日時:2015年07月05日
http://shuchi.php.co.jp/voice/detail/2400

産経ニュース
米歴史教科書慰安婦記述へ批判、米学界に「新風」 古森義久
配信日時:2015.5.2 10:30
http://www.sankei.com/world/news/150502/wor1505020018-n1.html

日本は誤解されているし、良い所がたくさんあるのにアピールするのが下手であると。反日国に金を配るより、アメリカに日本語教師を派遣するプログラムを作ったらどうかと提案されている。新卒の若者をアメリカに送ったらどうかと。

日本はこういう国際交流の教師育成をしないよね。日本文化の宣伝もしないし、風化されて廃れていくのに任せている感じ。あまりにも消極的。
ウィキペディア  ベン・ブルース・ブレイクニー
https://ja.wikipedia.org/wiki/ベン・ブルース・ブレイクニー

反日・自虐史観を排した歴史年表
ブレークニー弁護人の発言
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/7517/nenpyo/yougo/burekuni.html

東京裁判の法廷でアメリカ人弁護人のベン・ブルース・ブレークニーは、昭和22年3月3日、以下のように発言した。

「国家の行為である戦争の個人責任を問うことは、法律的に誤りである。なぜならば、国際法は国家に対して適用されるものであって、個人に対してではない。個人に依る戦争行為という新しい犯罪をこの法廷で裁くのは誤りである。戦争での殺人は罪にならない。それは殺人罪ではない。戦争が合法的だからである。つまり合法的人殺しである殺人行為の正当化である。たとえ嫌悪すべき行為でも、犯罪としてその責任は問われなかった。
キッド提督の死が真珠湾攻撃による殺人罪になるならば、我々はヒロシマに原爆を投下した者の名を挙げることができる。投下を計画した参謀長の名も承知している。その国の元首の名前も我々は承知している。彼等は殺人罪を意識していたか? していまい。我々もそう思う。それは彼等(米国)の戦闘が正義で、敵(日本)の行為が不正義だからではなく、戦争自体が犯罪ではないからである。」
何の罪科で、いかなる証拠で、戦争による殺人が違法なのか?
原爆を投下した者がいる。この投下を計画し、その実行を命じ、それを黙認した者がいる。その人達が(東京裁判を)裁いている。
原子爆弾という国際法で禁止されている残虐な武器を使用して多数の一般市民を殺した連合国側が、捕虜虐待について日本の責任を問う資格があるのか


裁判長のウェッブ(オーストラリア人)は、「仮に原子爆弾の投下が国際犯罪であるにしても、アメリカがそれを行ったということは、本審理といかなる関係もない」とほざき、ブレークニーの発言を無視しようとした。

しかしブレークニーは引き下がらず以下のように主張した。

日本はその非法なる原爆投下に対して報復する権利を持つ。報復の権利は国際法の認めるところである

このときのビデオはこちらで見れる。ブレークニー弁護人の肉声も聞くことができる。

インチキ裁判の最中にも立派なアメリカ人がいたことを日本人は知っておくべきだろう。

東京裁判: ブレイクニー弁護人の弁論

https://youtu.be/EFpB2oN-scU

tomoのブログ
tomoさんのブログ
東京裁判で正義を貫いた米国人弁護士
公開日時:2011/11/16(水) 午前 6:42
http://blogs.yahoo.co.jp/tomopapa1023/6997588.html

かつて日本は美しかった
JJ太郎さんのブログ
東京裁判で原爆投下を追及したブレークニー弁護人
公開日時:2013年1月29日 (火)
http://jjtaro.cocolog-nifty.com/nippon/2013/01/post-d125.html

ネイビーブルーに恋をして
お節介船屋さんのブログ
東京裁判のアメリカ人弁護人たち~ベン・ブルース・ブレイクニー少佐
配信日時:2015-01-05
http://blog.goo.ne.jp/raffaell0/e/9f5178cf70581b710cc806063be867f2

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戦争した相手国だから、感情論でいったら弁護の余地はないはずなのに、法律家として「正義とは何か?」という観点から日本の弁護をしたブレイクニー弁護士。

縁故やしがらみの多い文化の国だとこういう高潔な人は出て来ない。アメリカは欠点が多い国だけど、このような公平な人も出て来る土壌がある。

ウィキペディアより東京に法律事務所を開設したが、1963年3月4日セスナ機を操縦中、伊豆半島にある天城山の山腹に激突し死亡した。

しかし、ブレイクニー弁護士の最期が事故死とは、いい人が不幸な死に方というのは人生平等じゃないんだねえ。
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