ロングラン上映中! 劇場用長編アニメ「この世界の片隅に」公式サイト
http://konosekai.jp/

「この世界の片隅に」劇中歌メドレー|コトリンゴ

http://www.nicovideo.jp/watch/sm30210206

1.オープニングテーマ「悲しくてやりきれない」
2.挿入曲「隣組」
3.主題歌「みぎてのうた」
4.エンディングテーマ「たんぽぽ」

171009-3-11.jpg

ウィキソース
隣組 (歌曲)
https://ja.wikisource.org/wiki/隣組_(歌曲)

とんとんとんからりんと隣組

https://youtu.be/rBh4wUrjltM

・作詞:岡本一平(著作権消滅)
・作曲:飯田信夫(ビクター専属)

1. とんとん とんからりと 隣組
  格子こうしを開ければ 顔馴染み
  廻して頂戴ちょうだい 回覧板
  知らせられたり 知らせたり

2.とんとん とんからりと 隣組
 あれこれ面倒 味噌醤油
 御飯の炊き方 垣根越し
 教えられたり 教えたり

3.とんとん とんからりと 隣組
 地震や雷 火事泥棒
 互いに役立つ 用心棒
 助けられたり 助けたり

4.とんとん とんからりと 隣組
 何軒あろうと 一所帯ひとしょたい
 心は一つの 屋根の月
 纏まとめられたり 纏めたり

ロケットニュース24
【トリビア】ドリフ大爆笑のオープニングテーマの元歌は戦時歌謡曲だった!
配信日時:2013年4月8日
http://rocketnews24.com/2013/04/08/312118/

昭和を代表するお笑い番組といえば、何と言っても『ドリフ大爆笑』(フジテレビ)です。この番組を見て育ったという人も多いはず。

「ド、ド、ドリフの大爆笑~♪」のオープニングテーマを聞けば、自然と笑いがこみ上げてくるのですが、この曲、実は替え歌だったのです。しかも戦時歌謡として発売された曲を、後にアレンジして「ドリフ大爆笑のテーマ」として採用していたのでした。

元歌は『隣組』(となりぐみ)と言います。1940年10月にビクターレコードから発売されていました。隣組とは、「部落會町内會等調整整備要綱」(隣組強化法)によって5軒から10軒の世帯を一組とし、団結・地方自治の進行を促す目的で制度化されたものでした(1947年に解体)。制度を広める目的で作られたのがこの歌です。

ドリフのテーマがマーチ調でハイテンションであるのに対して、元歌はかなりゆったりとしています。穏やかな歌詞の内容に心が和み、懐かしささえ感じます。

それにしても、ドリフ大爆笑のテーマがまさか替え歌だったとは。ドリフ世代にとっては驚きの事実ではないでしょうか。ちなみにドリフはもともと生粋の音楽バンドです。全盛期を迎える以前、10人以上のメンバー交代が行われたことは、あまり知られていません。

Yahoo!知恵袋
ド ド ドリフの大爆笑~の次の歌詞を教えてください。
質問日時:2011/1/2610:12:33
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1354435533

ドリフ大爆笑'83 オープニング [一番長く使われたもの]

https://youtu.be/QMq6v9xHllQ

ベストアンサーに選ばれた回答
回答日時:2011/1/2910:33:59

ド・ド・ドリフの大爆笑
チャンネル回せば顔なじみ
笑ってちょうだい今日もまた
誰にも遠慮はいりません

ド・ド・ドリフの大爆笑
5人はますます元気です
今日のテーマは何だろな
力いっぱいぶつかるぞ

(間奏)コントのダイジェストが映像で流れ、バックにおばちゃんの笑い声が挿入されている。

ド・ド・ドリフの大爆笑
ゲストも楽しい人ばかり
てぐすね引いて待ってます
これをみなけりゃ損をする

ド・ド・ドリフの大爆笑
兄さん姉さんパパにママ
じいちゃんばあちゃんお孫さん
揃ったところではじめよう
揃ったところではじめよう

ドリフのオープニングの歌は戦時歌謡曲だったとは!「この世界の片隅に」の町内会の場面で「とんとん とんからりと 隣組 」と流れてきて、これはドリフの歌の替え歌なのかなーぐらいに思っていたんです。ところが、ドリフの方が「隣組」を替え歌にしたんですね。全然知りませんでしたよ (・ω・;A)…アセアセ

【桜井誠】戦後の朝鮮人犯罪と山口組【高倉健さんの映画は実話】

http://www.nicovideo.jp/watch/sm24956108

171009-3-1.jpg

映画版でも朝鮮進駐軍の旗がはためく場面がありました。しかし、すずさんが米軍にチョコレートを貰ったら事を小姑の径子に報告したシーンの重要な台詞が抜けていました。「ええ米兵さんで良かったものの あんたは警戒心が足らん」これを消しちゃあおしまいよ。

lute live:コトリンゴ「たんぽぽ」

https://youtu.be/KrRiVFhvu54

コトリンゴの「たんぽぽ」が流れながら映画が終わるのが、涙を誘います。

171009-3-5.jpg
171009-3-6.jpg
171009-3-7.jpg

エンディングは広島で連れて帰って来る7歳ぐらいの少女が北條家で引き取られて成長していき、径子さんとすずさんと三人で古着を作り直したお揃いのワンピースを着ていく様子が描かれています。

171009-3-2.jpg

うるっと来るところで、チョン国人の名がエンドロールに連ねていきます。はぁーこんなところにまで汚鮮が進んでいるとは・・・悲しくなりますね ε-(‐ω‐;) フゥー 日本人を雇ってあげたらいいのに、人件費が安いからか特亜人を雇うんだね。

劇場版の「この世界の片隅に」は不満が残りました。リンさんの存在が消されていました。当初、2時間30分の予定が30分削られて、2時間以内に収めなければならなかったようです。リンさんはすずさんが砂糖を闇市に買いに行った帰り、道に迷い遊郭街で途方に暮れていた時に出会います。このシーンだけ描かれて、後はごっそり消されています。

171009-3-8.jpg

それから、すずさんは産婦人科の帰りにリンさんに約束していた絵を渡しに遊郭街に再び行きます。このシーンがすっぽり抜けて、産婦人科の入り口を出て、いきなり夕ご飯のシーンに切り替わり、義姉の径子さんが「ふたり分食べたんじゃし、このくらいでええよね!」で終わっているんです。

171009-3-9.jpg

その後、家でリンドウ柄のお茶碗を見付けて、夫の周作さんがリンさんのために買っていた事が発覚し、鬼い(お兄)ちゃんの葬式の帰りに駅のホームで夫婦喧嘩をします。その翌日、リンさんの遊郭に敵討ちに行って、リンドウ柄のお茶碗を不在のリンさんの代わりにテルさんに渡して帰ります。テルさんは風邪をひいていて、すずさんは得意のお絵描きで和ませます。

171009-3-10.jpg

季節が変わりお花見に行った際、すずさんはリンさんと再会します。桜の木の上に登り、テルさんが風邪をこじらせて亡くなった事を聞き、形見の紅を受け取ります。ここでリンさんと会うのは最後です。リンさんは呉の空襲で亡くなります。

海外版の予告編にはこのお花見のシーンがあるので、アテレコしたかは分かりませんが、片渕須直(かたぶちすなお)監督はリンさんの登場シーンを作ってはいるんですね。

171009-3-3.jpg

それから、晴美さんを亡くした後、広島で7歳ぐらいの女の子を家に連れて帰ります。その子と駅のホームで出会ったのですが、すずさんがその女の子に言う超重要な台詞が抜けているのです。「あんた・・・よう広島で生きとってくれんさったね

171009-3-4.jpg

この台詞がないと、何かしっくり来ないのですよ。片渕監督、完全版の制作をぜひともお願い致しますね! (*・人・*) オ・ネ・ガ・イ♪

すず(19歳)さんと周作(23歳)さんには結婚して1年まだ子供ができない中、エンディングの画像を見る限り、すずさんと周作さんにはこのまま子供ができないのではないかと思うような様子ですね。映画の最後はすずさんが妊娠して終わって欲しかったなあと思います。余談ですが、養子を貰うとホルモンの関係で妊娠しやすくなると言いますね。

私が「この世界の片隅に」のバージョンで好きな順は、漫画(原作) → ドラマ(北川景子主演) → 劇場版という順番です。劇場版は声優さんがそれぞれ合っていて、非常に良い出来なのですが、省きすぎているシーンが多すぎて、残念なのです。
スポンサーサイト
NHKスペシャル 戦慄の記録 インパール
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170815

170923-4-1.jpg


https://youtu.be/aq5UrEw_RsI

Togetter
NHK『戦慄の記録 インパール』を見た感想「牟田口廉也は現代のブラック企業社長」#インパール作戦 #NHKスペシャル
作成日時:2017年8月15日
https://togetter.com/li/1140535

変見自在 サンデルよ、「正義」を教えよう (新潮文庫)
変見自在 サンデルよ、「正義」を教えよう (新潮文庫) 文庫 – 2017/8/27
高山 正之 (著)

インパール作戦は日本人の民族問題の根深さを無視して作戦を立てたことが敗因だと名物コラムニストの高山正之さんは論評する。

英仏蘭などの植民地を持つ白人国家は、植民地を統治するのに、白人が直接統治をしない。民族間で憎しみ合うようにして、小さな紛争を国内で作り、不満をそちらに向けて、宗主国に敵意が来ないように攪乱するのだ。

ミャンマー(旧ビルマ)の場合、まず山に住むカチン族を平地に降ろして、ごちゃごちゃにする。次に、インド人を入植させて、ビルマ人を支配させる。

紅茶で有名なアッサム地方は、元々はミャンマーの領土だったのを、戦後のどさくさにインドに盗られてしまった。インドは日本にとってはいい国だけど、近隣の国とはトラブルがあるようだ。

日頃からインドに対して恨みつらみのあるビルマ人は、インパール作戦で日本にとっては裏切り行為を働いた。スーチー女史の父親であるアウンサン将軍の評判が悪いのは、日本から見た側面でしか語っていないからだ。

戦争と平和 (新潮新書)
戦争と平和 (新潮新書) 新書 – 2017/8/9
百田 尚樹 (著)

トルストイの同名小説をまんまパクッたタイトルだけど、中身は全く違う。普段から、「真相深入り!虎ノ門ニュース」でしゃべっている事と変わりない。この本を読んでいると、まるで百田さんがしゃべっているかのような錯覚を覚えるぐらいだ。

この本の中で百田さんは、インパールについても記述がある。牟田口廉也がジャイアンであんなに死者を出したにも関わらず、何の処分もなかったと。アメリカは真珠湾攻撃の被害の責任をとってキンメル将軍は解任させられていると。

あと、百田さんは計画が狂った時、失敗した時の事を想定してないのがおかしいと書かれている。牟田口は3週間でインパールを片付けると。もし、それが片付かなかった時の事を考えず、精神論・根性論で乗り切ってしまうつもりらしい。

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))
「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3)) 文庫 – 1983/10
山本 七平 (著)

日本軍は徹底した官僚主義。事業計画を一度作ってしまったら、どんなに状況が変化しても、当初の計画通りにしてしまう。空気の研究の大家である山本七平は、そこに計画を覆すことができない空気の存在があったと書いている。

ジャイアン牟田口は作戦を反対した参謀長の小畑信良を1ヶ月半で更迭したとな。部下が優秀でバカな上官。机上の空論で人命軽視。身内に厳しく、大手メディアにはいい顔をする外面がいいお調子者。

NHKスペシャルを見ていて、イギリスの補給の仕方を感心した。二千メートル級の山なら、飛行機で物資を運ぶのが妥当でしょう。日本はゼロ戦(戦闘機)は作っても、輸送機は作ってなかったのかなあ。とにかく、人をこき使う。

欧米人は合理的。日本はジャイアンが威張り散らして、下の者をいじめ抜く。敵国と戦う前に、味方で消耗してしまう。陸軍と海軍で仕様が違うし、職人も前線に行かせるし、工業地帯がまとまってあるので、カーティス・ルメイの絨毯爆撃の格好の餌食になったし・・・開戦当初は日本の方が圧倒的な強さだったのに、エネルギー補給で不利な上に、愚将や縦割り行政のせいで、どんどん戦況が不利になっていく。

欧米、特に英米は保険の概念があるでしょう。リスクヘッジしておくという考え方が当時の日本人にはなかった。プランA、B、Cと複数用意しておくのが本筋でしょう。失敗が許されない、失敗することはないという楽観的な戦略。

日本軍は戦車を解体して、兵隊さんが運んでるの。遅れすぎというか、人が機械代わり。牛を村人から軍票と交換して貰っても、渡河の際に流してしまう。

相撲取りにも赤紙が来て、渡河の際に橋桁を担がされるという任務に就かされる。大相撲は昔は年6場所もなかったけど、戦況が厳しくなったら、休業してたんだろうね。

補給路を無視した作戦。食料を現地調達するのは、略奪と変わりないでしょう。小さな村々では生産できない人数が押し寄せられたら、たまったもんじゃないよね。

けれど、現地の人が下痢で倒れている兵士を介抱してくれたりして、本当に親切だなあと思った。日本軍も「今から戦闘があります」と一軒一軒家を回ったらしい。お互い様が生きてる感じ。

インタビューに答えている人達の年齢がすごい。もうすぐ百歳という人ばかり。厳しい戦火をくぐり抜けても長寿。ものすごい生命力の逞しさ。日本人とイギリス人が長寿なのは医療が発達しているからだけど、インパールの人達も長生き。強靭な肉体で、日々よく体を動かして、健康的な食事をしているんだろうなあ。

ニューギニアと同じように餓死者の方が戦闘で亡くなった人より多いという無計画さ。人の命を何だと思ってるんだろう?これだけの大失敗は解任だけじゃなくて、普通は処刑でしょう。それを牟田口は天寿を全うしたんだよね。さすがに悪い奴ほどよく眠る。

拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる (文春新書)
拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる (文春新書) 新書 – 2004/4/20
関岡 英之 (著)

日下公人塾『日本出動』#20 ゲスト:関岡英之【最終回~安倍首相の外交術とインド~】

https://youtu.be/wZtLK6zx4uc

年次改革要望書の存在を日本で初めて明らかにした関岡英之さん曰く、インパール作戦は昭和19年ではなく、あと2年早く実行されていれば成功しただろうと取材に行った際に、現地の人に言われたそうだ。

はっきり言って、成功しようがしまいが、何のために、こんな作戦を決行したのか、甚だ疑問である。まずは支那事変を片付けるのが先であったし、勝てた戦争に負けた大本営にはほとほと呆れる。
韓国慰安婦問題に反論するジェイソンモーガンにエールを!|竹田恒泰チャンネル

https://youtu.be/V4xlcZftf-Y

【9月18日配信】江崎道朗の備忘録「米国人歴史学者が訴える~「反日思想に染まったアメリカの歴史学会」」【チャンネルくらら】

https://youtu.be/tcxcceSEoB4

【青山繁晴】真珠湾記念館・資料館に行ってきました。アメリカの評価とは・・・・・・

https://youtu.be/aHnSErtZp9k

アメリカはなぜ日本を見下すのか? - 間違いだらけの「対日歴史観」を正す - (ワニブックスPLUS新書)
アメリカはなぜ日本を見下すのか? - 間違いだらけの「対日歴史観」を正す - (ワニブックスPLUS新書) 新書 – 2016/8/24

ジェイソン・モーガンさんがアメリカの歴史に疑問を持つきっかけは、保守系・父方のおじいさんのおかげ。父方のおじいさんが保守で、母方のおじいさんが左翼。保守派のおじいさんは小学校を中退したのに、戦争から復員してきて、12年かけて弁護士になった非常に立派な人。

保守派のおじいさんは特攻隊について、日本の兵士は負けると分かっていても、国のために命を捨てて戦う姿を見て、敵ながらあっぱれと讃えていた。ルーズヴェルトが諸悪の根源で、日本と戦争すべきではなかったとも言っていたそうだ。そして、敵だった日本の車を買ったとのこと。

ジェイソン・モーガンさんは1977年生まれ、ルイジアナ州ニューオリンズ出身で、カトリック信者。アメリカ南部出身・・・南北戦争で北部(ヤンキー)に負けて、全て南部のせいにされた事で、東京裁判史観によって全部日本が悪いにされている事が理解できるという。

カトリック信者ということで、白人ではあるけれど、WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)からは外れる。アメリカはピューリタン(清教徒)の国で、清教徒は突き詰めて言えば、“自分達は選ばれた民”という考え方の人達。

こういう分析をする元アメリカ人で、日本人になったマックス・フォン・シュラーさんがいる。マックスさんもアメリカは清教徒という選民思想があり、お節介に自分達の思想を押し付け、世界を支配して良いという驕りがあるということ。

何でアメリカにユダヤ人が多いのかなあと思ってたんだけど、自由主義が行き過ぎて新自由主義になっているけれど、商売人が多いからだろうなあと思っていた。ユダヤ教も選民思想なので、アメリカの建国思想と合うからじゃなのだろうかと思う。

ジェイソン・モーガンさんは幼少期、石油会社にお勤めのご主人アメリカ人と日本人の奥さんが隣に住んでいて、日本人の奥さんに子供用のクジラの絵柄のお箸を貰ったとのこと。クジラというのがミソだよね。今なら、シーシェパードが叩きまくる存在。

そして、高校時代には浮世絵にはまったとのこと。随分と古風な若者だねえ。それで、左傾化していたので、政治的に関係ない美術にのめり込んでいたのだそう。

大学はテネシー大に行って、日本語の授業で一緒になった岐阜から来た日本人留学生の寮によく足を運んだらしい。ちょうど夕食中で、カレーライス・焼きそば・お好み焼きを御馳走になり、日本から届いた小包の梅干しや麦茶も口にしたそうだ。

ジェイソンさんはその岐阜出身の日本人を頼って、日本に初来日(初の海外旅行)している。名古屋城を見物した時、英語の説明を読んでいたら、戦時中金のしゃちほこ諸共天守閣全てがアメリカの空襲で焼け落ちており、戦後コンクリートで造り直したのを、誰の攻撃(空襲)により焼失したのか?全く触れていない日本人の奥ゆかしさというか、相手をいつまでも責めない民族性にいたく感動したそうな。

ジェイソンさんはアメリカの白人だけど、なかなか好奇心旺盛な若者だったんだね。ジェイソンさんと私は同世代なんだけど、大学の時テョンと交流したら、寿司なんてこの世の食べ物じゃないという形相をされました。テョンは寿司をテョン国起源ウリジナル説を唱えているけども、20年前まで生で魚を食べる習慣なんてありませんでしたよ?

テョン国料理について謎なんだけど、酢を使う料理がないよね。酢の物がない。洋風だとマリネ。支那は甘酢あんかけがあるのに、テョンは酢を使わないよね。代わりにゴマ油を一斗缶で買うんでしょ。

ジェイソンさんは支那にもテョンにも暮らした事があって、両国とも息を吐くように嘘をつくので、嫌いになったのだそう。テョンは何でもウリジナルを豪語するので、呆れて話にならないと。マックス・フォン・シュラーさんも同じ事を言っていました。

ジェイソンさんは法制史の研究をされていて、日本の戦時中の裁判記録を読んでいると、日本の方がアメリカより裁判が公正できちんとしているとのこと。アメリカは権力者が握り潰すことが可能なんだと。

ジェイソンさんは邪馬台国の畿内説と北部九州説の討論会に参加した際、お互いの意見を尊重し合い、話し合いが成立している日本の歴史学会はアメリカに比べてまともだと思ったのだそう。

慰安婦強制連行は秦郁彦氏の論説を引用しながら、事実無根のファンタジーと一蹴してくれている。日本のために、ここまで言ってくれる人が出て来てくれたなんて嬉しい限りです。

Web Voice
古森義久&ジェイソン・モーガン なぜ慰安婦問題に対する対日批判が後退しているのか
公開日時:2015年07月05日
http://shuchi.php.co.jp/voice/detail/2400

産経ニュース
米歴史教科書慰安婦記述へ批判、米学界に「新風」 古森義久
配信日時:2015.5.2 10:30
http://www.sankei.com/world/news/150502/wor1505020018-n1.html

日本は誤解されているし、良い所がたくさんあるのにアピールするのが下手であると。反日国に金を配るより、アメリカに日本語教師を派遣するプログラムを作ったらどうかと提案されている。新卒の若者をアメリカに送ったらどうかと。

日本はこういう国際交流の教師育成をしないよね。日本文化の宣伝もしないし、風化されて廃れていくのに任せている感じ。あまりにも消極的。
日本橋高島屋で「美しき氷上の妖精 浅田真央展」が開催されている中、福岡には残念ながら高島屋がなく、いじけているこぱんだです "p(-ω-〃) イジイジ

九州なのに、なぜか博多駅に阪急百貨店ですからね。入札で一番良い条件を出したからJRのビルに入ったんでしょうけど、なぜ博多に阪急なのか・・・?私は高島屋が入るものだと思い込んでいました。

それに、田舎都市なので、駅には駅ビルしか商業施設がありません。なので、JRの利用客以外博多駅に行かず、ほとんどの人が100円バスで天神に行ってしまうという状況です。

それで、大丸(松坂屋グループ)福岡天神店で開催されている『こうの史代「この世界の片隅に」原画展』2017年9月13日(水)→2017年9月24日(日)に行って来ました。

実は、「この世界の片隅に」の映画をまだ見てないんですよ。

映画『この世界の片隅に』特報

https://youtu.be/6LC0uBDSXc8

YouTubeの「あなたにおすすめ」という動画の中に、ドラマ版の「この世界の片隅に」があり、私は「今年(2017年)の終戦記念ドラマかぁー」なんて思って見ていたら、実は2011年に放送された作品だったんですね。何という遅れ者なんでしょう ヾ(;´▽`A``アセアセ

終戦の日 特別放映 「この世界の片隅に」在这世界的角落

https://youtu.be/DTdOcQO8M7c

しかも、動画に中国語の字幕があるし、海賊版のコピーなんでしょうかね。

北川景子はのんびりとした主人公すずとはずいぶんかけ離れたイメージですねえ。ドラマのすずさんは周作さんの浮気を疑い、常にピリピリ嫉妬している状態なのです。本当に“のんびり”だったら、小姑からのいびりにも気付かないはずなんですけどね。

170917-1-1.jpg

りょうが演じた小姑・経子(けいこ)はマンガの絵とそっくりなんです。リン役の優香も水原役の速水もこみちもいいと思いました。義父役の篠田三郎と義母役の市毛良枝は良く似合っています。あと、子役は二人ともかわいいのですが、ワカメちゃんヘアだったら、完璧だと思いました。

このドラマ版を見てから、マンガ版を電子書籍で読みました。上巻が無料だったので(笑)昨年暮れから映画が公開されたのに、人気が衰えないところがすごいですね。

170917-1-2.jpg
170917-1-3.jpg

原画展は、大丸本館の催場の片隅で行われていて、横では靴のバザールが開催されていて、大賑わいでした。原画展のパネルの横には大丸のポイントカードの端末が置いてあって、そこに人が並んでいて、写真を撮るのに結構苦労しました σ(^_^;)アセアセ...

170917-1-7.jpg

原画展に行って良かったなあと思ったのが、マンガから分からない事を知ることができました。主人公すずさんが右手を失ってから後の場面の背景を、作者のこうの史代さんは左手で描くようにしたそうです。

170917-1-8.jpg

だから、荒いタッチになっていたのかあと感心しました。背景が荒いタッチになったので、すずさんが右手を失った事によって、いよいよ終戦に近づく壮絶さを感じることができます。

170917-1-9.jpg

それから、口紅で描いた絵もありました。コンテという画材で描いていたと思っていましたが、本当に口紅で描いていたんですね。同級生で水兵になった水原さんから貰った羽で、すずさんは絵を描くのですが、こちらでもこうの史代さんは羽ペンで絵を描いているのです。

私がこの作品を何度も読み返しているのは、広島弁と家族の仲の良さです。すずさんは一日中家事労働に追われる専業主婦です。年子の妹のすみちゃんは女子挺身隊として軍需工場で働いています。

すずさんは外で働いて金銭を受け取っていないけれど、とにかく暇な時間がないのです。北條家に嫁ぐ前は浦野家は海苔の養殖をしていたので、海苔の加工を手伝っていました。あと鶏の餌やりとおつかいを小さい頃からしていました。子供の頃から家の手伝いは当たり前。子供は立派な労働力です。

今のように家電がある訳でもないし、呉の中でも坂の多い所にある北條家は水を汲んで来るだけでも、一苦労です。物資不足で練炭がないので、代用練炭を作るのもすずさんの仕事です。

戦時中で供給が追いつかないのもあるのですが、昔は既製品がなかったので、服は何でも自分で作らないといけない時代でした。すずさんは着物をもんぺに作り直します。女性は女学校で料理と裁縫を習います。とにかく何でも自分でやらないといけないのです。

すずさんと周作さんの結婚式が仏前で行われていたのが印象的です。戦前は今よりかなり仏教が盛んだったようですね。高度経済成長期に田舎から都会に出て来た人が、寂しさから新興宗教に勧誘されて入信してしまったり、冠婚葬祭を地域共同体で行わず、業者に頼むことになってしまい、仏教が廃れたように思います。

170917-1-10.jpg

広島弁に惹かれるのは、私の母親が島根出身で、祖母が話していた言葉がほとんど広島弁に近いので懐かしく思い出します。母から、親の事を「お父さん、お母さん」なんて呼ぶのは何かいい所の家の人という感じだったと聞きました。「お父ちゃん、お母ちゃん」と呼んでいたそうです。

伝聞「~げな」は福岡も使いますし、名古屋でも使います。語尾に「~けん」は愛媛でも使います。中国・四国地方は単語は京言葉に近いけど、関西弁とはイントネーションが違いますよね。

穴が開いたというのは、広島弁でも「穴がほげた」と言うんですね。福岡でも使います。(調べたら九州全域で使うようです)関西でも使うのですね。

小学生の時、島根の親戚宅に行って、金額がいくらか聞くのに、「なんぼ」と言うのを聞いて、びっくりした事があります。接続詞は「それで=そんで、ほんで、そいで」という感じですかね。

「ほうかね」、「~のう」、「良かった=えかった」、「~かいな」等を聞くと何だかほわわんとして、懐かしくなりました。往々にして、中国地方の方言は間が抜けていて、のんびりしています。映画版ののん(旧・能年玲奈)さんの話し方がしっくりきます。あのくらいおっとりした感じがすずさんのイメージにぴったりです。

170917-1-4.jpg

入場の際、ハガキを貰いました。このお話は戦時の末期で、しかも東洋一の軍港がある呉を舞台にした作品で、悲惨な事を描いています。だけど、なぜか「はだしのゲン」と違って、明るく何度でも読みたいと思える作品に仕上がっているのは、家族愛が中心に描かれているからなんだと思います。

上にも述べたように、戦前は性分業がはっきりしていて、結婚は女性にとって、就職と同じ意味でした。家事労働は機械化されていない分、人海戦術でやらないといけません。子供は親の仕事を手伝うのが当たり前で、家が自営業の場合は、一家全員手伝わないといけません。家族がいないと生きていくのが困る時代だったのですよね。

170917-1-5.jpg

敗戦後の様子も描かれています。戦前は靴がなかったので、大人から子供まで下駄を履いていました。冬には足袋を履きますが、それを見てテョンが豚の蹄(ひづめ)のようだと思い、日本人の事を“チョッパリ”という侮蔑語を作り出しました。

【桜井誠】戦後の朝鮮人犯罪と山口組【高倉健さんの映画は実話】

http://www.nicovideo.jp/watch/sm24956108

戦後、戦勝国でも敗戦国でもないという意味で「第三国人」として、悪行の限りを尽くしたテョン。強制連行されて日本に来たんですよね。恨みを晴らしてせいせいした事でしょう。恩を仇で返すキ〇ガイ民族。日本に出稼ぎに来る人は半島でも貧しい下層の人達でした。

170917-1-6.jpg

占領期のアメリカの婦女暴行は特に神奈川県の方が被害に多く遭われて、日本がサンフランシスコ講和条約で独立後は沖縄が長きに渡って被害に遭われたのは周知の事なんですが。ろくでもない奴が日本に派遣されていたのだと思うと、非常に腹が立ちます。

それにしても、こうの史代さんはリケジョなんですね。広島大学の理学部中退。この作品を描くに当たって、調べた事は膨大な量だったことでしょう。よくあの当事の事を調べているなあと感心しました。まるで学者のようです。
これまた興味深い展示が九州にやって来るとはと感心していました。九州国立博物館単独でこういう開催ができるのかと不思議に思っていたら、東京・東北・九州という3拠点での開催だったんですね。関西と東海をすっ飛ばしているのも変ですねえ。

太宰府天満宮の菖蒲園の方から九州国立博物館に向かうと、長い長いエスカレーターに歩く歩道。歩く歩道の所にラスコー展のポスターとパネルがありました。

170905-1-2.jpg
170905-1-1.jpg

特別展「世界遺産 ラスコー展」 クロマニョン人が残した洞窟壁画

東京・国立科学博物館
2016年11月1日(火)~2017年2月19日(日)

宮城・東北歴史博物館
2017年3月25日(土)~5月28日(日)

福岡・九州国立博物館
2017年7月11日(火)~2017年9月3日(日)

東京で開催されている時は、天皇皇后両陛下に秋篠宮ご夫妻もお越しになったようです。

両陛下、「世界遺産ラスコー展」を鑑賞

https://youtu.be/ykOlEyUVAYQ

秋篠宮ご夫妻が「世界遺産 ラスコー展」をご鑑賞

https://youtu.be/BF_OVNiLtZU

展示内容は以下の動画をご覧下さい。

ラスコー展 IN 福岡

https://youtu.be/jEcdNbfq9ds

特別展「世界遺産 ラスコー展 クロマニョン人が見た世界」

https://youtu.be/2brn3oQ5Rzc

国立科学博物館、ラスコー展=クロマニョン人が残した洞窟壁画再現

https://youtu.be/N98sOOAZe7w

国立科学博物館 「世界遺産 ラスコー展」

https://youtu.be/ahuVWF9xdf4

ラスコー展では3箇所で写真を撮れることになっていました。フラッシュ撮影はできないため、デジカメで下手糞撮影な私はさらに上手に写真が撮れず、たくさんボツになりました。

170905-1-3.jpg
170905-1-4.jpg
170905-1-5.jpg

私はクロマニョン人が出没する最後の日を狙って行きました。ナイトミュージアム(17時以降の入館)で200円引きでした。しかも、梅ヶ枝餅1個(120円)の引き換え券付き♪実質、1,280円での入館でした。

はじめての☆クロマニョン語

https://youtu.be/xZlAJeJRrF4

九州国立博物館の太宰府天満宮側の入口にある浦ノ田遺跡で撮影していますね。

170905-1-6.jpg

【ゴンツヨ】 九州国立博物館 ラスコー展 クロマニヨン人現れー

https://youtu.be/iFJlYXWTuNw

私はこのクロマニョン人の役者さん達は東京・宮城、そして福岡と回っていると思ってたんです。旅費代も博物館側が出すと・・・とんだ勘違いで、九州国立博物館の独自のイベントだったんですね。

じゃあ、このお二人は福岡の地元の劇団の人なのでしょうか?あるいは博物館の学芸員がやってます、なんてことはさすがにないよな。

170905-1-7.jpg
170905-1-8.jpg

親切なお二人で、私が最後まで上手に写真が撮れずに困っていると、手を振って近付いて来てくれました。そして、ポーズを決めてくれました。無事、写真を撮ることができました。

お二人が50~60代のご夫婦の所に行って、推定のクロマニョン語で話しかけても、ノリが悪くて、固まってる状態でした。クロマニョン人のヘッタさん達はマックのドナルドみたいな感じなのかな。テーマパークのキャラクターみたいな立ち位置ね。

170905-1-9.jpg

博物館から出て来ると、だいざいふ遊園地が閉園していました。門前町はほとんどの店が17時で閉店でした。

170905-1-10.jpg

太宰府天満宮といえば、梅ヶ枝餅なんですが、福岡三大餅というのがあるんですよ。梅ヶ枝餅太宰府天満宮)・愛宕餅愛宕神社)・松ヶ枝餅宮地嶽神社)とあるんです。

門前町のかさの家が一番有名です。しかし、私は菖蒲園の所にあるうぐいす茶屋の物が一番美味しいと思います。ここを知ったのは、以前、博物館に行く前に、お茶をしようということになり、ふらりと入ったからでした。

もし、大宰府天満宮にお越しの際は、ぜひ門前町ではなく、もうちょっと奥にある菖蒲園のお店に立ち寄られてみて下さい。
page back