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スペシャル対談司会 伊藤みどり×マツコ・デラックス 「アタシの愛した女王たち」
投稿日時:2013/02/15 06:01 執筆者:野口美惠
http://number.bunshun.jp/articles/-/339901

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かつて自らの演技で世界を震撼させた伝説の選手。
そのあまりにも偉大な先駆者に心酔している、
辛辣ながら的を射た発言で人気の女装タレント。
“超”が付くほどフィギュアを愛する2人が、
我々を魅了した銀盤の女王たちを一刀両断!

対談の前半は、マツコが「いかにみどりを愛していたか」を力説。
Number Webでは、フィギュアスケート界を彩った歴代の女王たちを
語りつくした後半部分をNumber822号より公開します!


(……前略……)

伊藤 私の後は誰が印象に残っています?

マツコ 意味合い的には違うんですけど、トーニャ・ハーディングかしら。トーニャはみどりを引き継いで、スポーツとしてのフィギュアを極めようとした人だったわ。

伊藤 一緒にアルベールビルも跳んでいるんですけど、彼女は失敗しちゃったのでそのときはトリプルアクセルは認定されてないんですよね。

マツコ その後トーニャと(ナンシー)ケリガンがああいうことになったというのは、いわゆるフィジカルを競うスポーツとしてのフィギュアがやられてしまったんだなって思ったの。もちろん殴打事件を起したのは悪いんだけど。ケリガンなんて「そんな丈の長いヒラヒラした衣装でジャンプ跳べるのか、この野郎!」みたいな感じだったじゃない。まぁ野郎ではないんですけど。イラっとするタイプだったわ。

――手堅くまとめるタイプでしたからね。

伊藤 スルヤ・ボナリーってご存知ですか?

マツコ 大好き。審判に抗議した'94年の千葉の世界選手権行ったもの。やっぱ黒人の選手の身体能力って凄いわよね。佐藤有香さんも素晴らしかったけど、ボナリーが確実に金だって言われてたのに……。

伊藤 ボナリーはアルベールビルの公式練習で、一緒のグループだったんですよ。あまりにも差がついて、公式練習中からバク転やってましたから。

マツコ ゴルチエとかの金の衣装を付けると、モデルさんみたいで格好良かったのよ。ボナリー元気かなぁ。

伊藤 プロでガンガンやっていますよ。

マツコ プロに行った方が彼女みたいな選手は評価されるものね。バク転したっていいし。

伊藤 身体能力で言えば、サーシャ・コーエンも高かったですね。

マツコ もともと体操選手だもんね。それに彼女は有無を言わさず美しかった。

伊藤 ポジションも綺麗でね。

マツコ どうせ美しいならあれぐらい美しいところで勝負して欲しいよね。メディアでは美人って言われているけど、そうでもない人もいるじゃない。名前は言いませんけど。

――雰囲気美人も大事ですけどね(笑)。

 「みどりは……ノープランとまでは言わないけれど」

マツコ あと五輪の金は取れなかったけど、ミシェル・クワンも好き。

伊藤 彼女も時代を変えた人ですよね。

マツコ 金を取った人って、そんなに語れないのよね……。タラ・リピンスキーはあのまま続けていたら面白かったと思うけど。

伊藤 15歳で引退ですからね。

マツコ 火事場泥棒みたいなもんじゃない。あれをやられちゃうとね。子どものものじゃないんだよって。

――荒川静香さんはどうですか?

マツコ 荒川さんは一遍ピークを過ぎて、それで踏ん張って成熟してから金を取ったわけじゃない。子どもがまぐれで取っちゃうのとは違うわよね。

伊藤 '04年の世界選手権前にコーチがタラソワさんに代わって優勝して、それから表現力だとか、一段と良くなりました。作戦が上手くつながって金メダルにいきましたね。

――みどりさんの時代も作戦って考えながらやっていたんじゃないですか?

マツコ でもみどりは……ノープランとまでは言わないけれど、もっとプリミティブなところでやっていたから。

伊藤 私は「みどりはリンクに行って自由に滑って来い」って言われてましたからね。あとは周りがフォローしてくれて。思わずガッツポーズとか出ちゃうぐらいに自由奔放に育てられているんで(笑)。

マツコ 自由というのとはちょっと違うかもしれないけどカロリーナ・コストナーも好きよ。調子いい時と悪い時の差が凄いんだけど、それでもムキになることなく「まぁとりあえずやってるわ」みたいなのがいい。

伊藤 去年の世界選手権で優勝しましたね。

マツコ あのいかにもイタリア人っぽい、いい加減な感じが好きだわ。

伊藤 コストナーは大きくて、しかもジャンプが逆回転で頑張っていますよね。彼女はサラブレッドで、スポーツ一家なんですよ 。

マツコ そうなんだ。基礎が出来てるものね。

――日本人選手はどうです?

 「キム・ヨナを脅かすとしたら……」

マツコ (浅田)真央ちゃんは、バンクーバーのフリーの演目は凄かったと思うわ。

伊藤 挑戦してましたよね。ラフマニノフの「鐘」。

マツコ これは私、フィギュア史に残る演目だと思ってる。だから「白鳥の湖」はちょっと子どもっぽい気もしちゃう。安藤(美姫)さんの場合はショートのシェヘラザードは良かったな。ショートの方が派手に出来るじゃない。フリーって時間が長くて疲れちゃうから。

伊藤  2分50秒の中に凝縮されている感じ。

マツコ 特にそれが良く出る人よね。ショートの方が良い。手の所作がちょっと荒いのは気になるけど。キャラは好き。ちょっとやさぐれていて、アイラインなんか凄く分厚くて。

――マツコさんはスポーツ選手タイプの方が好きなんですね。

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【写真右】 伊藤みどり Midori Ito
1969年8月13日、愛知県生まれ。'85年から全日本選手権の8連覇を果たし、最初の女性トリプルアクセル成功者となる。アルベールビル五輪で銀メダルを獲得。引退後はプロ選手、解説者として活躍中。

【写真左】 マツコ・デラックス Matsuko Deluxe
1972年10月26日、千葉県生まれ。雑誌編集者などを経て'00年頃から、タレント・コラムニストとして活動を開始。その歯に衣着せぬ発言で人気を博し、テレビ・雑誌など様々な媒体で活躍中。

マツコ ただ美しいだけでは好きにならない。例えばコーエンは可愛かったけど、スケートもやっぱり凄かったもん。

伊藤 トリプルフリップとか。

マツコ ステップのところとかも、アメリカっぽい大げさな振りをするんだけど、技術も伴っているから、ただ上半身だけでやっているわけではない。そういう圧倒的なものを見せてくれる選手が好き。

伊藤 でしたら今、(ユリア)リプニツカヤっていうロシアの選手が期待できますよ。キャンドルスピンが持ち味 。

マツコ もう真っ直ぐになっちゃうやつね。じゃあキム・ヨナを脅かすとしたらその子? こないだ彼女を久々に見たけれど、ショックだった。ブランクがあってもあれかと。

伊藤 本番はきちっと固めてくるでしょうね。

 「みどりが次の女王を育ててくれたら最高に幸せ!」

マツコ 私は007はたいした演目じゃないと思っているけど、ソチでは間違いなく日本人選手にとって一番の脅威になるわよね。今、満知子さんのところでいいのいないの?

伊藤 村上佳菜子がいますね。

マツコ もっと若い子。みどりを見つけた時みたいな衝撃は満知子に走っていないわけ?

伊藤 どうでしょう。今は毎日見に行ってないので……。

――伊藤さんも今、冬季限定で小さい子を教えていらっしゃいますよね。

マツコ みどりフィギュアの波が来るのね!

伊藤 ただ冬場だけのリンクなんですよ。年間やっているところは子供の教室は難しくて。

マツコ でもみどりが本気でやるって言ったら、行政がお金を出すんじゃないの?

伊藤 でも今はどの市町村もあんまりお金がないみたいですよね。スポーツ振興に予算をつかってください!

マツコ じゃあ裏切って、地元じゃなくてもいいから組みなさいよ。お金ある町にリンクを作っちゃえばいいのよ。それでみどりが次の女王を育ててくれたら、あたしはもう最高に幸せ!

◇   ◇   ◇

「いきなりだけどまずこれだけは言わせて。今のフィギュア界は伊藤みどりの扱いが悪すぎる! 過小評価されすぎ! みどりは日本のスポーツ史において、長嶋茂雄さんとかと同列に語られなきゃいけない人なの……」……と、マツコの怒涛のような一人語りで始まった対談

Σ(゚□゚(゚□゚*)ナニーッ!! Σ(゚□゚(゚□゚*)ナニーッ!! Σ(゚□゚(゚□゚*)ナニーッ!!
マツコさんのヨン棒復帰後の演技の感想が、「こないだ彼女を久々に見たけれど、ショックだった。ブランクがあってもあれかと。

ブランクがあってもあれかと=“も”は、ブランクという障害を乗り越えてという肯定的な意味で用いる。しかし、“あれか”というのは、大した事がないという否定的な意味にもとれる。マツコさんは一体どういう意味を言ってるんだろうか?

ヨン棒は全然大した事ない。あのレベルでよく人前に出て来られるなあと・・・まともな神経なら出て来られない。蕎麦国人は厚顔無恥&井の中の蛙だから平気で出場してくる。そして、当然台乗りすべき選手からメダルを盗んで行った。
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(。・∀・)つ⌒①からの続き

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マツコさんは頭の回転が速くて言葉の選びが上手でいい感じで好感が持てる。

やっぱり佐野さん・・・何かこの人、癪に障る。もちろん、みどりさんのファンであるというのは個人の勝手なのでいい。
しかし、それは過去の話。現役選手をサポートしないのは日本スケート連盟の理事なのに、、、おかしいよねえ。

マツコさんの妄想が面白い ((´∀`*))ヶラヶラ 妄想フィギュアスケートはスケオタなら皆やるものだと思ってた。

ヴィット女史の演技を今見たらつまんない。カルガリー五輪のEX『Bad』を見て吐きそうになった。あれを今やると会場の空気が凍りつくと思うよ {{{{((ノω・、`)}}}}!

コンパルソリーを重視し過ぎると疲れてしまい、本戦であるSPとLPの難易度が下がるのかもね。芸術性を追求したというより、加齢によりジャンプが跳べなくなったんでしょうね。当時は東独で、家族を人質にとられて、無理矢理二回目の五輪出場させられて、必死だったと思う。

でも、フィギュアスケートは芸術かスポーツかと言われたら、スポーツとしてのフィギュアスケートの方が記憶に残るように感じる。芸術面を重視するのであれば、アイスショーで芸術を追及したらいいと思うんだよね。まあ、これも見解が分かれる所だと思うけどね。
動画が削除されているので、キャプチャーのみですが (  ̄ー ̄)ノ~~~ どうぞご覧遊ばせ♪

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マツコさんのみどり愛は見ていて嫌な感じがしないけど、佐野さんはえこ贔屓が見られて、ああやっぱりなと思った。佐野さんは真央さんがみどりさんを超えてはならないと思っている感じがする。

恩田美栄さんは添え物のようにいて、何だか居た堪れない感じだね。

みどりさんは真央さんのファンと言ってるぐらいで、あれだけの名スケーターだったのに、非常に腰が低い。真央さんがいなかったら、今頃自分が注目されるされる事はなかったとも言っている。だから、みどりさんは引退しても愛され続ける。
新刊JPニュース
伊藤みどりがトリプルアクセルに挑んだ理由とは
配信日時:2011年12月26日 16時
http://www.sinkan.jp/news/index_2408.html?news3442

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伊藤みどり トリプルアクセルの先へ 単行本(ソフトカバー) – 2011/12/24
野口 美恵 (著)

伊藤みどりがトリプルアクセルに挑んだ理由とは?

 “年末の風物詩”ともなっているフィギュアスケートの全日本選手権が26日まで開催されている。この大会は来年3月に行われる世界選手権の選考会も兼ねており、誰がその切符を手にするのか、気になるところだ。
 その中で注目を集めたのが、今大会復活の優勝を手にした浅田真央選手。そんな浅田選手の代名詞といえるのが3回転半ジャンプ、いわゆる「トリプルアクセル」だ。

 公式大会でトリプルアクセルを初めて成功させたのは、カナダのヴァーン・テイラー氏。1978年の世界選手権でのことである。そして、1984年のサラエボオリンピックで同じくカナダのブライアン・オーサー氏が五輪大会史上初めてのトリプルアクセル成功者となった。
 しかし、彼らは男子選手。女子選手ではどうだろうか。
 女子選手の「トリプルアクセル」の歴史をこじ開けたのは、誰もが知るフィギュアスケート選手の伊藤みどりさんだ。1988年の国内選手権で、2試合連続でトリプルアクセルを成功させると、同年12月のNHK杯でも成功させ、国際大会初の快挙を成し遂げる。
 そして、今でも多くの人の記憶に残っているであろう1992年のアルベールビルオリンピックで五輪史上初めて、女子選手によるトリプルアクセルの成功を達成するのだ。

 『伊藤みどり トリプルアクセルの先へ』(野口美恵/著、主婦の友社/刊)は、そんな伊藤みどりさんの半生を、スポーツライターの野口美恵さん(*「恵」の字は旧字体表記)が追いかけた一冊である。
 伊藤さんはまぎれもない天才フィギュアスケート選手だ。小学6年生の冬に参加した世界ジュニア選手権のフリースケーティングで、3回転トウループから3回転ルッツまでの全5種類の3回転ジャンプを7回成功させるという驚愕の滑りを見せる。もちろんこれは世界初。海外では「台風ガール」と呼ばれるなど大騒ぎとなった。
 伊藤さんの滑りは、人々の想像の遥か先に行っていたのだ。

 そんな伊藤さんがトリプルアクセルに挑戦したのは、より質の高いジャンプを目指し、練習のマンネリ化を防ぐためにコーチが提案したことがきっかけだった。小学生の頃から3回転ジャンプを5種類こなしていた伊藤さんは、中学3年生の頃になるとマンネリ化した練習に集中するのが辛くなっていたという。
 トリプルアクセルは、当時はトップ中のトップの男子選手のみしかできない高度な技。しかし、伊藤さんの練習には新鮮味が必要だった。
 「私が世界初になりたい」。その想いで来る日も来る日もトリプルアクセルに挑んだ伊藤さんだったが、天才でも成功させるのは容易ではない。ベストコンディションであれば練習で成功するまでになっていたが、ケガもあり、「3回転ジャンプの質を高める」という方向にシフトした。

 伊藤さんが公式大会でトリプルアクセルに成功したのは、1988年のこと。では、何がきっかけとなったのか。本書ではその1つのエピソードとしてカルガリーオリンピック後に行われた北米のアイスショーでの出来事があげられている。
 そこで伊藤さんが見たものは、世界トップクラスの男子選手たちがアイスショーでトリプルアクセルをバンバン決めている姿だった。「やっぱり私もトリプルアクセルを跳びたい」と、彼らのトリプルアクセルを見て勉強する伊藤さん。そして、帰国するや否やトリプルアクセルの良いイメージを持ったまま、すぐに練習を再開したという。
 その数ヵ月後に、伊藤さんは世界で初めて公式大会でトリプルアクセルを成功させる。その天才的な素質に加えて練習の虫であった伊藤さんの努力が形になったのだ。

 時は流れて2010年。バンクーバーオリンピックという大舞台で、浅田選手がトリプルアクセルを3本決めた。そのとき伊藤さんは自宅でファンとしてテレビにかじりつき、こうエールを送っていたという。
 「頑張って!挑んで!プレッシャーに負けないで!」
 もしかしたら、伊藤さんは浅田選手に当時の自分自身の姿を重ねていたのかも知れない。

 本書には伊藤さんの半生がつづられているが、現役時代よりも引退後の伊藤さんについて、ページが多く割かれている。アイスショーの引退やセカンドキャリアの葛藤、試行錯誤の日々、アダルトスケートへの挑戦などが描かれている。
 トリプルアクセルの先に伊藤さんが見たものとは。本書から伊藤さんの新たな一面が見えることだろう。
(新刊JP編集部)

20140905 JGPS番宣(伊藤みどり)

https://youtu.be/i1cf_qlWYBA

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アルベールビル五輪のSPの失敗後、古舘伊知郎司会の土曜夜の『ニュースフロンティア』という報道番組内で、日米の文化の違いについて放送していた。

みどりさんがジャンプを転倒のついて記者の前で謝罪していた事をアメリカのメディアが不思議がっていたのだ。

当時、私もみどりさんが失敗した事は惜しいし残念に思うけど、故意に失敗した訳ではないのに謝罪する必要性はないと感じていた。

国の代表として五輪に出場するけど、失敗やメダルを逃した事について罪の意識を選手に負わせるのは間違ってる。私は選手が五輪に出場しただけで立派だと思っている。

みどりさんはあの緊張の中女子で初めて五輪でトリプルアクセルを成功させた!!
みどりさんの勝利 ヤタ━━━━━━ヽ(´∀`*)ノ ━━━━━━!!!!

優勝候補と言われた選手達が緊張してメダルを逃す事が多々あった。逆にノーマークだった人が金メダルというサプライズがあった。

楽しく純粋に競技に打ち込めないから、メダルが獲れない。精神論根性論でガチガチにする日本式はもう時代遅れ。

なぜ学校とスポーツに軍隊の名残がある事については誰も異議を唱えないくせに、今現在国家が近隣諸国の脅威に瀕している事は断固反対するのだろうか?日本の反日左翼はおかしいね。
日本経済新聞
伊藤みどり、鮮やか2回転半 15年ぶり大会で見つけた道
フリーライター・野口美恵
配信日時:2011/6/24 7:00
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO30779450R20C11A6000000/?df=3

気取らず、選手らと仲間に

 公式練習の4日間は、まるで氷と会話をしながら友達になっていくかのようだった。スケーティングが滑らかにスピーディーになり、ジャンプは高さを増していく。そして4日目、見事な3回転トーループを降りた。「まだまだ私、いける」

 「ミドリ・イトウが本当に出るのか」とフィギュア界では話題になっていたようだが、本人が実際に公式練習している姿を見て、出場者もスタッフもみなびっくりしていた。しかし、気取らず、普通に打ち解けてしまうのも、このトップスケーターのすごさの1つである。気軽にサインや写真撮影に応じ、顔見知りになった選手には「グッドラック!」と毎日声をかけていた。

 残念な知らせもあった。48歳ながらダブルアクセルを跳ぶ、アダルトスケート界の星である米国選手が、ケガで欠場することになったのだ。みどりさんのクラスで優勝候補だった。

 「私が出ると聞いて、無理に練習したに違いないわ。彼女の滑りを見たかった」。みどりさんの目から涙が落ちた。

ケガそして年齢との戦い

 アダルトスケーターは、ケガとの戦いだ。その場面を次々と目撃することになる。強度のヘルニアで、杖(つえ)がないと歩けない30代の選手には驚かされた。2分10秒の渾身(こんしん)の演技を終えると、リンクサイドに崩れ落ちる。両脇を友人らに抱えられ、そのまま約2時間、微動だにできずに荒い息を繰り返していた。

 「あんなに身体が悪くても、スケートが好きで、氷上で素晴らしい演技をできる人がいるなんて。私が知らなかったスケートの世界がある」

 60代、70代のスケーターは、みんな膝や腰にサポーターを巻きながら、深いシットスピンや高いジャンプに挑む。

 「すごい、すごい。恐るべし、世界の70歳!」

 驚きすぎて、みどりさんら日本チームのみんなで笑ってしまったほどだった。

 男女、ペア、アイスダンス。世界各国・地域からのべ377選手・カップルが出場した大会。1~3日目までに、私とみどりさんを除く日本人6人が出場。みどりさんは日本の全選手を観客席で応援し、キス&クライではコーチさながら得点を待った。会場に来ている誰もが知っている「ミドリ・イトウ」である。これほど心強い応援者はなかった。

「川のささやき」に乗って

 「チームジャパンとして一体になって頑張ることがすごく楽しい」

 おそろいで作ったジャパンのジャージーには、東日本大震災で亡くなった方を追悼し、全員で喪章をつけた。

 大会最終4日目を迎えた。私の出番は、みどりさんの約3時間前。「試合前だから来なくていい」と何度も念押ししていたが、義理堅いみどりさんは観客席の一番前で拍手を送っていた。

 そして私の短い1分40秒が終わる。目標の30点を超える33.87点、そして「1位」の順位が出ると、みどりさんの目が潤んでいた。1回転ジャンプレベルの私の順位にさえ感動できるのは、彼女の純粋さに他ならない。「つけマツゲが取れちゃった」と笑った。

 「ミドリ・イトウ――。ジャパン」。聞きなれた、そして懐かしい響きが会場にアナウンスされたのは午後2時45分だった。雨が上がり、雲間から差し込む光が、会場をほんのり明るくする。大歓声、そして静寂。みどりさん自ら選んだ、辻井伸行のピアノ曲「川のささやき」が流れる。

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優勝したジャンと互いをたたえ合うみどりさん

会場全体を幸せに

 冒頭のダブルアクセルに誰もが何かを期待していた。そして空に向かってみどりさんの身体が浮き上がった。スピード、高さ、飛距離、パワー、そして笑顔。続いて大歓声……、たった1本のジャンプで、会場内の全員を幸福にしてしまった。

 そして最後のポーズは、エッジに付いた氷を拭い胸に抱くしぐさ。「スケートを心から好きっていう気持ちを表してるの」といい、自ら振り付けた。

 演技後、次の滑走者となるカルナン・ジャン(米国)のもとに行き、抱きしめた。

「あなたも頑張って」

 同じクラスの選手は、敵ではなく友であることを、本人にもそして観客にも伝えたかった。

現役選手を超えるジャンプ評価

 得点は64.43点。昨年の最高が60.68点だったことを考えれば、予想以上の得点だった。「技の数を絞っても、今できることを、クリーンにやりたい」と話していたみどりさん。ジャンプ3つに、スピン2つにステップ1つの6つだけ。でも、演技構成点が49.20点も出ていた。

 みどりさんの次に滑ったジャンが、11の要素をうまくまとめた2回転8本を含む渾身の演技で69.97点をマークして優勝、みどりさんは2位だった。

 みどりさんが駆け寄ると、ジャンはとっさに「ごめんなさい」と謝った。「いいえ、あなたの演技が素晴らしかった」。そして私たちを振り返って言った。

 「私が知名度で勝たずに、頑張った選手が優勝して良かった。明日の新聞の見出しは決まりね。伊藤みどり負ける!」。

 みどりさんのスコアを見れば、審判5人中2人が、ダブルアクセルに最高評価の「+3」。先日モスクワで行われた世界選手権では、日本女子3選手は誰もジャンプで「+3」を得ていない。また、「スケーティング技術」に9点を出した審判がいた。同大会で9点を得たのは金妍児(キム・ヨナ、韓国)だけだ。

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スケーティング技術で9点台を出した審判も。雄大なイーグルは健在だった

「スケートの新しい魅力が広まってほしい」

 「かつて美しく滑る紳士淑女のスポーツだったフィギュアスケートは、私のジャンプ力の影響で3回転や4回転を跳ぶスポーツへと変わった。今度は、私がスケートの基本であるスケーティングやジャンプの質の大切さを示すことで、スケートを原点回帰させる役になりたい」

 その願いが審判に届いたかのような点だった。

 テレビ放送はなかったが、観客が撮影した動画がすぐにインターネットに公開された。ほんの1週間で、その再生回数は10万回超。

 「少しでも多くの人に、大会の存在を知ってもらえたかしら。来年から、もっとたくさんのスケーターや元選手が参加してくれたらいいな。そしてスケートの新しい魅力が広まってほしい」

 フィギュアスケートの伝道師。みどりさんは新たな扉を見つけ、開き、その一歩を記した。

(写真はすべて野口美恵さん提供)

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「私が2位で、野口が優勝かあ!」と笑うみどりさん(右)と筆者

||||をねじ込む日経新聞 ○| ̄|_
2011年・・・今から4年前はモスクワワールドでお買い上げ銀メダルがありましたね ┐(´д`)┌
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