フィギュアスケート

氷上の光と影」の最後の紹介です。佐藤有香さんのスケーティングスキルとスルヤ・ボナリーの事が書かれていました。ボナリーは世界女王になれないのは、人種差別からだと思っていたようですが、審判から評価を受けなかった理由はスケーティングスキルが全くなっていなかったからなのです。

それで、ボナリーは自分が評価されていなかった事を全然気付いていませんでした。氷上で宙返りができる程の身体能力を持ち、当時女子で初の4回転ジャンプを成功であろうと言われていました。プロ転向後、スケーティングを見直したとは思えませんし、自分は改善する点がないと思って過ごしていたようです。

確かに、ボナリーは滑るというより、氷の上を飛び跳ねていました。私は当時、あれがスケーティングスキルのなさから来るものだと知りませんでした。ボナリーは氷をガリガリと削って進んでいたのです。

P116  スケーター対ジャンパー

 滑っていても、氷の上に乗っかっているだけの選手と、氷をつかむようにして滑っている選手がいる。

 2002年ソルトレイクシティ五輪銅メダリスト、米国のティモシー・ゲイブルは天才ジャンパーだったが、氷をつかむことのできない選手だった。スケーティング中の姿勢が悪く、ステップシークエンスの部分では先に動いていく足に、体をようやく乗せているというように見えた。それでも1999年スケートアメリカのフリーでは、4回転を3度跳ぶという離れ業を成功させて世界初の記録を作った。

 もう1人、スケーティング技術は決してうまくないと言われた天才ジャンパーは、フランスのスリヤ・ボナリーだった。

 元体操選手だったボナリーは、本来エッジを使って跳ぶジャンプの基礎を無視して、フラットなエッジの状態のまま跳ぶ。それでもちゃんと3回転空中で回って降りてくる彼女の運動能力にジャッジたちは舌を巻いていた。試合では成功してはいないが、4回転サルコウにも挑戦していたほどである。

 「私にとって、3回転ジャンプなんて簡単なの」と言い切ったボナリーが、毎回技術点は高いものの、演技点で著しく下げられた。

 そのボナリーが1994年に世界タイトルを争った相手が、佐藤有香だった。

 フリーでは佐藤が3回転を6回、ノーミスで降りた。ボナリーは3回転を7回やり、1度は片手をついたもののコンビネーションジャンプが3回入っていた。ジャンプの難易度としてはボナリーのほうが上である。

 だが滑りの質は、比べ物にならないほど佐藤のほうが高かった上半身がほとんど揺れずに、水の流れに浮かんで移動していくような佐藤のスケーティングと、膝を曲げたままガリガリと蹴って進んでいくボナリーの滑りは、実に対照的だった。

 それでも判定は接戦だった。9人のジャッジが5対4に割れ、佐藤有香が世界チャンピォンになった。ボナリーは表彰式で2位の台に乗ることを拒否し、なだめられてようやく上がったが、首にかけられた銀メダルを泣きながらはずした。

 「ほかの人と同じように滑っているつもりなのに、なぜ評価してもらえないのかわからない。私が黒人だからなのかしら」

 記者会見でそういったボナリーは、おそらく本当に自分の欠点がわかっていなかったのではないあろうか。何人ものコーチにつきながらも長続きせず、結局スケートのコーチではない彼女の養母が指導していた。これもボナリーが関係者たちから批難された一因だった。彼女は世界選手権銀メダルを3回獲得しながらも、ついに世界チャンピォンにはなれなかった。

 その4年後の1998年長野五輪のフリー演技中、ボナリーは後方宙返りをしてみせた。ISU競技では禁止されているアクロバット技である。アマチュア最後の大会で、彼女がフィギュアスケートでは許されない技を見せつけたのは、象徴的なできごとだった。

 あれほどの運動能力を持ちながら、ボナリーは最後まで、「skater's skater(スケーターの中のスケーター)」にはなれなかったのだ。

SURYA BONALY 1998 NAGANO OLYMPICS japanese version

https://youtu.be/GvJtKOxSMYE?t=3m58s

この動画にはInternational Olympic Committeeさんのコンテンツが含まれているため、要望によりこのウェブサイトまたはアプリケーションでの表示はブロックされています。

刈屋富士雄アナの実況だぁ~♪解説は佐藤有香さん。この二人の組み合わせが最高だったのにー!

ボナリーは長野五輪の時、24歳。元々、滑らかな滑りをする選手じゃなかったのが、加齢でさらにスケートが重くなり、エッジがストッパーとなって、ジャンプの後に身体が前のめりに止まってしまう。

最後の五輪で、バク転をやって審判に抗議して、果たしてすっきりしたのだろうかね。ちょうど夏季と冬季五輪を2年差にしようという過渡期で、五輪に3度出られたという運の良さ。メダル争いから外れたとはいえ、フランス代表としてはやってはならない行為だと思うけど。

Medal Awards Ceremony - 1994 World Figure Skating Championships, Ladies' Free Skate

https://youtu.be/YnZjs6qsHA0?t=3m4s

いくら結果が不服でも、表彰台で泣きながら、首からかけられたメダルを外すのは、良くない態度だね。ボナリーは元々、器械体操をやっていて、フィギュアスケートのコーチと上手くいかず何度もコーチを変える。最終的には養母がコーチになるという事になる。

養母は器械体操の専門家であっても、スケートは門外漢で、スケーティングスキルがないから、点数が低いという発想に至らなかったのだろう。

How Backflipping Black Figure Skater Surya Bonaly Changed Sports Forever

https://youtu.be/pAhyMl_ZS04

エキシビションでバク転するのは構わないというけれど、それでも危ないねえ。ボナリーのバク転は片足で着氷して、そのままスパイラルにシフトする。ホントにすごい身体能力ですねえ。

この人にはフィギュアスケートよりも曲芸団(サーカス)の方が似合っていると思うけど。サーシャ・コーエンもトリノ五輪の後、現役引退を表明せず、ショーに出まくったりしていた時期に中国雑技団と一緒にパフォーマンスをしていました。

Stars on Ice - Weiss, Cohen, Lauzon, Zimmerman- Enchantment

https://youtu.be/lnBCDri4CUQ

シナー雑技団風の動画は削除されてしまって、ブログに埋め込みできません。2008SOIのこのパフォーマンスを見ても、サーシャもスケートより軟体演目団の方が似合っていると思った。

9記事に渡ってご紹介してきた田村明子さんの「氷上の光と影」でも、サーシャは軟体技は良くても、氷を掴むのは上手くなかったと書かれている。軟体美ポジでごまかされてしまったけれど、スケーティングは滑らかではないし、ジャンプの踏切りエラーは見逃されて来た。

そのような視点で見てみると、フィギュアスケートって一体何をするスポーツなんでしょうね。スケート本来の滑りの上手さで競うものから、いつの間にか派手なパフォーマンスをする選手の方が点数を貰えるという方向にシフトしていったんですね。
(*っ´∀`)っ⌒⑦からの続きだよんー☆

P66  不当に強調された「採点疑惑」

 ルグーニュは、ISUからジャッジ資格停止処分を受けた。だが彼女はフランスに帰国してから、自国メディアに対して「良心に従ってロシアに投票した。米国では周囲とメディアの圧力から、己を失ってあのような発言をしてしまった」と一貫して主張してきた。

 本人がレフェリーミーティングで告白した、フランス連盟のディディエ・ガヤゲ会長から受けたという圧力がどれほどのものだったのか、それが本当に彼女の投票に影響を与えたのかは、未だに不明のままである。

 1つ確かなのは、あの状況下の北米で開催された大会でなければ、感情的になったステイプルフォードにホテルのロビーで詰め寄られなければ、レフェリーがたまたまアメリカ人でカナダを過度に擁護していなければ、ミーティングで本人が泣き崩れて告白するようなことは起きなかったに違いないということである。

 では「公正に」採点していたなら、ロシアの演技は本当に金メダルに相応しくないものだったのか。レフェリーのロン・ペニングが「ロシア汚を1位にしたジャッジは不正直だった」というのは妥当な意見なのだろうか。

 佐藤有香は、この日会場でペアを観戦していた。1994年女子シングル世界チャンピォンの彼女は、プロに転向してから夫で元全米チャンピォンのジェイソン・ダンジェンとペアチームを組んだ。今ではシングル、ペアの両方でアイスショーに出演している。

最初の印象は、カナダかな、と思いました。でもその後何度かビデオを見ると、ロシアのペアは非常に難易度の高い、密度の濃いプログラムを滑っている。それに比べると、カナダのプログラムは五輪用としては物足りないと思った

そう彼女が語る通り、カナダの滑った「ある愛の詩」は実は五輪用として制作されたものではなく、その2年前のシーズンに使われていたプログラムであった。このプログラムを制作したコリオグラファー(振付師)のローリー・ニコルは、ソルトレイクシティ五輪から1年過ぎた2003年5月、トロントでこう語った。

「私が五輪用に製作したラフマニノフのプログラムは、彼らには難しすぎたのです。カナダ国内選手権で優勝したときですら、きちんと滑りきることができなかった。それで『ある愛の詩』に戻したいと相談を受けました。五輪はそうでなくても極度の緊張を強いられる舞台なので、選手は滑っていて楽なプログラムを選ぶべきだと同意したんです」

 一方ロシアチームのコーチで振付もしたタマラ・モスカビナは、「北米で開催される五輪で優勝するためには、極限あで難易度を上げなくてはならないと思っている」と語っていた。前年のバンクーバー世界選手権で、ノーミスでも2位にお会ったことが苦い教訓となって頭の中に残っていたのだろう。

 要するにカナダは「滑りやすいこと」を最優先にして、楽なプログラムを選んでノーミスで滑った。一方ロシアは「難易度が高いこと」を最優先にしたプログラムで、男性がわずかなミスをしたのだった。

 カナダに1票を入れた杉田秀男氏は、国際ジャッジを35年つとめたベテランである。

「私はカナダを上にしたが、それも技術点を0.1上にしただけの僅差。今でもその判断は間違っていなかったと思っている」

だが同じく国際ジャッジの経験豊富な城田憲子氏は「もし私がジャッジパネルに入っていたら、ロシアを1位にしただろうと思う。2チームの差はその程度のもの。どちらに転んでもおかしくなかった」と語った。

> ルグーニュはフランスに帰国してから、自国メディアに対して「良心に従ってロシアに投票した。米国では周囲とメディアの圧力から、己を失ってあのような発言をしてしまった」と一貫して主張してきた。

> あの状況下の北米で開催された大会でなければ、感情的になったステイプルフォードにホテルのロビーで詰め寄られなければ、レフェリーがたまたまアメリカ人でカナダを過度に擁護していなければ、ミーティングで本人が泣き崩れて告白するようなことは起きなかったに違いない

上の二つの条件を鑑みると、北米で国際的なスポーツ大会が開催されるのは、アメリカ人とカナダ人以外の国の人にとって、非常にリスクが高いと感じる。いちゃもんを付けられる可能性が高い。

そして、自分の国の優位性を示すために五輪開催をしているんだと思うような気がしたのを、銀行場五輪で真央さんの事を褒めてくれていたエミリー・フランケルさんが論破してくれていました。

バンクーバーオリンピックについて語る(字幕付き)

http://www.nicovideo.jp/watch/sm14893327  (5:55~)

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エミリーさんはアメリカ人なのに、ナショナリズムを前面に出した五輪はおかしいのではと疑問を呈していらっしゃるけれども、やはり歴史のない国、先住民を蹴散らして作った国は伝統がない。なので、五輪で国をまとめる雰囲気を作り出すんだろうなと思う。

塩湖五輪のペアに対する佐藤有香さんの分析は正しい。本来、難易度の高いプログラムをミスを最小にして演じた選手が上位に来るべきである。それが塩湖、つまり旧採点方式の頃までは、保たれていたという事が分かる。

採点がおかしくなったのは、新採点方式が導入されて、機能し始めるトリノ五輪後。2007年の夏、テョン国のホラマサは7年後の2014年冬季五輪の開催地になれなかった。

2007年からテョン国ピギョの壮絶な嫌がらせが始まったが、真央さんは2008年のワールドにおいて、17歳、日本人として最年少で、初優勝してしまう。

杉田秀男氏は佐藤信夫先生の先輩に当たる人で、私が読んだ限りの杉田氏のコラムでは、特定のえこ贔屓の選手はいないように思えた。その後、私が読んでいない記事では変わっているのかもしれない。

城豚女史のコメントまでご丁寧に付いているけれども、この人、日本スケ連の不正会計で追放されたのに、なぜ戻っているのでしょうねえ。元アイスダンスの選手だったので、シングルの選手よりチームプレイができるかもしれないけれど、スケートは所詮個人競技。よっぽど組織で働くのが好きなんだねえ。

このおばさんがスケ連からいなくなれば、副怪鳥さんへの援護射撃というか操り人形化が終わって、まともな組織になりそうだけど。

もう真央さんは引退して、みどりさんもスケ連と距離を置いているように、これからずっとスケ連と関わりない人生を送って欲しいと願っているので、この腐敗組織がさらにぐちゃぐちゃになろうと、どうでもいいと思ってる。
ヽ(・∀・` )っ⑥からの続きだよ~☆彡

P63  カナダ有利のお膳立て

 五輪開催前から、風は北米に向かって流れていた。

 前年カナダのバンクーバーで開催された世界選手権では、サレ&ペレティエがベレズナヤたちを抑えて優勝した。だがヨーロッパ人の記者が会見で指摘した通り、この大会では明らかにロシアのペアの演技のほうが、出来がよかった。だが差がそれほど大きくない場合、主催国の選手にご祝儀のようにして高めの得点が出ることは、フィギュアスケートではままあることである。ドイツの通信社の記者、アンドレア・フランクは「明白な開催国有利の判定だ」ともらした。

 だがソルトレイクシティ五輪の場合と違ったのは、「判定が不当」という声が、北米のメディアからまったくでなかったことである。どこの大会でも米国メディアが主導権を握って世論を作っていきがちだが、北米開催の試合ではことさらその傾向が強い。五輪前年の世界タイトルは平年よりのそれより値打ちが大きく、ここでカナダが優勝したことは五輪に向けて王手をかけたも同然だった。

 五輪ペアの金メダルは、1964年からずっとソ連・ロシアが独占してきた。40年ぶりに北米チームがロシアを破ることができるか。五輪開催前に放映された北米の特集番組では必ずサレ&ペレティエが登場して、打倒ロシアの空気を盛り上げていった。カナダをヒーローにするお膳立ては、すべて事前に揃っていたのである。

 また五輪のわずか5ヵ月前、世界中を震撼させた同時多発テロ事件が起きていた。それに伴い、この五輪開催中現場にはずっと普段と違う、まるで戦時下のような緊張感があった。反動で米国人の愛国心に火がつき、普段にもまして北米至上主義の空気が一貫して流れていたことを否定できない。

 北米のメディアはシハルリゼがよろける瞬間だけを、何度も何度も放映した。

 だがサレ&ペレティエはSPの最後のポーズで転倒している。技の最中ではないため直接の減点対象にはならないが、それでもまったくのノーミスだった他のチームを押しのけてSPで2位になったことには批判的な意見もあった。何度も繰り返し放映された映像が、たとえば彼らのこのSP転倒シーンだったらどうか。あるいはウォームアップの最中にサレに激突されたシハルリゼの映像だったとしたら。一般大衆の頭にすりこまれた印象は、まったく別なものだったはずである。

ロシアのペアが、かわいそうだよ。もういい加減にしてやればいいのに

 日本から取材に来ていた記者たちからは、そういう声がもれた。現地に派遣されていた記者の大多数は、この騒ぎに尋常ではないものを感じ取っていた。現地から送られた新聞記事のほとんどは、行間にこのヒステリックな騒ぎ方の異様さを匂わせている。だが現場を見ていない新聞社の論説委員たちのコラムは、「不正は許せない」というトーンで一貫していた。日本のあるテレビ局のキャスターは、「ロシアは金メダルを返すべきだ」とまで発言したと聞く。

 フィギュアスケートの内部事情にうとい一般メディアが、米国の一方的な報道の尻馬に乗ってしまう形になったのはやむを得ないことだった。

 アントン・シハルリゼは、ソルトレイクシティに滞在中8キロ体重が減ったという。

「これでよかったんだろう。出ろというなら、彼らと一緒にまた表彰式に出席して構わない。頼むから、もう騒ぎはこれでおしまいにしてほしい」

 カナダに2個目の金メダルが出されることの感想を聞かれて、シハルリゼはそう語った。

「いっそのこと金メダルを3つ出したら?キョウコとジョン(彼らのトレーニングメイトで米国代表のイナ&ジンマーマン。総合5位)も完璧なプログラムだったもの」ベレズナヤはそうコメントした。ノーミスの演技をしたから必ず五輪で優勝できるものではない、ということを精一杯皮肉ってみせたのだろう。

 ちなみにその後開催されたアイスダンスでは、予想通りフランスのアニッシナ&ペイゼラが優勝した。だがロシアのジャッジは、フランスではなく自国のロバチェワ&アベルブクに1位をつけた。

 ペアの不正採点は本当にあったのか。

 そしてロシアの演技は、本当に金メダルに値しないものだったのだろうか。

> 五輪のわずか5ヵ月前、世界中を震撼させた同時多発テロ事件が起きていた。

大規模テロがあったおかげで、何だか五輪開催の趣旨が変わってしまったんだよね。

> アントン・シハルリゼは、ソルトレイクシティに滞在中8キロ体重が減ったという。

食事を摂っても、身になってない。ものすごい心労。

ソルトレイク五輪は今から16年前に開催された。その時の北米メディアの状況と、今の状況は何か変化があったのだろうか?

今、世界的に記録的な猛暑が続いている。2020年、あと2年後の東京五輪の開催期間が真夏という狂気は、アメリカ様の圧力によるものらしい。(2020年7月24日金曜日~8月9日日曜日)

何でもこの時期は、アメリカではめぼしいスポーツイベントがない閑散期なので、東京五輪の開催を真夏にしろ!という事なのだ。

ロイター
焦点:東京五輪、なぜ真夏に開催か 猛暑で懸念高まる
配信日時:2018年7月30日
https://jp.reuters.com/article/summer-olympics-tokyo-idJPKBN1KK09D

いくら実施時刻を早めようと、熱中症でバッタバタと選手が倒れていくのではないかと予想される。日本の湿度は、日本人からすると日本より暑いと思っている国から来た人が、「日本は自分の国より暑すぎる」と感じるぐらいだ。

お金儲けをする人に権力があり、大会に出場する選手の事なんて、1㍉も考えてはいやしない。

まだ2年あるので、東京五輪の開催期間を秋に変更する事はできないだろうか?選手の皆さんが気の毒でならない。

現代ビジネス
元官僚だからこそ分かる「サマータイム導入議論」のバカバカしさ
投稿日時:2018.08.13
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56990

それから、日本国民にとっても不幸だと思う事が、サマータイムの導入をたかだか2週間の五輪のために導入しようとしている。欧州のような高緯度にあり、日没が遅い国ではサマータイム導入のメリットがあるだろうけど、日本のような低緯度で日没が早い国には必要ないのではないだろうか?

2時間早くなる事によって、残業が増える事が懸念されている。より過労になるでしょう。サマータイム開始日に遅刻する人続出しそうだし、睡眠障害が起きそう。不眠症を作り出して、医療業界が金儲けという仕組みを狙っていたりして(笑)
(。っ・ω・´)っ⌒⑤からの続きだよー♪

P61  2個目の金メダル授与

 すぐさまペニングはISUに報告し、メディアはいっせいに「ペア審判不正疑惑発覚」と大きく報道した。米国のテレビはどこのチャンネルを回しても、シハルリゼがジャンプの着氷時によろける瞬間と、表彰式で悔し涙をこらえるサレ&ペレティエの姿が交互に放映されていた。サレたちは何度もテレビインタビューを受け、「演技を見てもらえば、どちらが金メダリストに相応しいのかわかるはず」と発言した。

 それからわずか3日後の2月15日、ISUはカナダのペアにも金メダルを授与することを決定し、IOCの承認を得て発表した。

 過去にも五輪の結果が覆った例がないわけではない。だがまだ事実の詳細もわかっていないうちに追加の金メダルが授与されるなど、前代未聞だった。

 1992年バルセロナ五輪では、シンクロナイズドスイミングのシルビー・フレシェットがブラジル人のジャッジの採点入力ミスにより、金メダルを逃すという事件があった。フレシェットにようやく2個目の金メダルが授与されたのは、その16ヵ月後のことであった。(元の金メダリストのアメリカの選手は、そのままメダルを保持することが許された

 興味深いことにこのフレシェットもカナダ人で、彼女に2個目の金メダルを授与することになった裏には、ディック・パウンドのロビー活動があった。パウンドはカナダ人のIOC委員で、かつて副会長を務めたこともある実力者である。本業は弁護士で、押しの強さで知られる人物だった。パウンド氏は1998年、長野五輪でカナダのアイスダンスチームが4位に終わった判定を不服とするカナダ国民の嘆願を受けて、「こんな不正が行われるのなら、アイスダンスを五輪競技からはずすことも考えらえる」と発言したこともあった。カナダ人の五輪アスリートにとって、これ以上頼りになる助っ人はいなかっただろう。

 パウンドは、ペアの決勝の翌日にこうコメントしている。
「私は会場にいて、金メダルの演技に銀メダルが与えられるのを目撃した。実に遺憾だ。彼らには私も会ったことがある。彼らの演技に傷ひとつなかったが、ロシアの演技はそうではなかった。私はそれをこの目で目撃したし、みんなも見ていたはずだ」

 ソルトレイクシティ五輪当時、IOCマーケティング委員長としてテレビ放映権の交渉を担当していたパウンド氏にとって、視聴者が納得できる結末を早急に出すことは立場的にも重要だった。パウンドはカナダ国民から受け取った怒りのメールの山をロゲ会長にそのまま転送したという。

 ロゲ会長は、ISU会長でIOC理事でもあるオッタビオ・チンクワンタ氏へ「迅速な解決を望む」と通達し、ISUはカナダにも2個目の金メダルを与えることを決定したのだった。

誤審でその競技で2つの金メダルが存在するというのは、当事者にとっては何だか不思議な気分になるだろうね。

北米メディアはロシアペアのミスを執拗に放映し、視聴者にロシアペアが金メダルに相応しくないという印象操作を行った。

ディック・パウンドという本業が弁護士のロビー活動家により、2個目の金メダル授与への圧力が展開された。大きな声を上げた者が勝つ。黙って泣き寝入りだと、何も変わらない。

いや、ただ単に、戦略が下手だからというだけなのかもしれないけれど、日本が不服に思い、声を上げると、必ず制裁される。日本がスポーツに関して動き出すと、絶対にいじめられる。

国際社会と言っても、アメリカンスタンダードに対応できる敏腕ロビー活動家を育成したらいいのかね。たぶん、それに対応するには、各種目の団体が自前で調達しないと、日本国としては何もしてくれないのだろう。

そうなると、フィギュアスケートに限って言えば、日本スケート連盟がしっかりした態度で、選手達を守らないといけない。記者会見の場でまともに通訳できないようなスタッフしか調達できない。

何か不具合が起こっても、選手だけで対処しないといけなくなる。そんな悲しい連盟が日本にはある。
(*ノ´∀`)ノ⌒④からの続きだよ~★

P57  ジャッジの間で起きたこと

 この間、ジャッジの側では別なことが進行していた。

 英国人のISU技術委員長(当時)サリー・ステイプルフォードは、ホテルのロビーでフランスのジャッジ、マリーレーヌグニューを待っていた。

 ジャッジの中で、どちらにも転びうる立場のジャッジを「スイングジャッジ」と呼ぶ。今回のペアジャッジパネル9人の中で、スイングジャッジとして注目されていたのは、フランスのルグーニュだった。

 だが正確にいうと、彼女は政治的しがらみがなかったわけではない。この五輪でアイスダンスの最有力金メダリスト候補はフランスのチーム、アニッシナ&ペイゼラだった。だが抽選の結果、フランスはアイスダンスジャッジパネル9人の中に入ることができなかった。そのためペアではフランスがロシアに1票入れ、交換条件としてアイスダンスではロシアのジャッジがフランスに入れる。そのような取り決めが予めなされたのではないか、というまことしやかな噂が大会開催以前から流れていたのである。

 ステイプルフォードの父は、ハーヴェイ・ステイプルフォード(通称レッド・ステイプルフォード)という有名なカナダ人のホッケー選手だった。国籍は英国ながらカナダの著名人の娘として育った彼女は、意志も好みもはっきりとした女性で、ジャッジ仲間の間で独裁者という批判もあった。彼女はまた、ルグーニュが2ヵ月後のISU総会で技術委員のポジションに立候補するつもりであることを知っていた。ISUのヒエラルキーでいうとルグーニュの上の立場である。その彼女が、ホテルのロビーでルグーニュに「なぜロシアを1位にしたのか」と詰め寄ったのだという。ステイプルフォードはルグーニュを小突き回すようにして、問い詰めた。USFSAの元会長、クレア・ファーガソンは「見ていて非常に不快な光景だった」と語った。ステイプルフォード本人の言葉でいうと、「ルグーニュの様子が明らかにおかしかったため、話を聞いた」のだという。

 ルグーニュ本人が後日NYタイムズの記者に告白した内容によると、ステイプルフォードに会う前からすでに、ロシアを上につけたことでハラスメントを受けていたという。競技終了直後に会場で見知らぬ人物から乱暴に腕をつかまれ、会場からホテルへ戻るバスの中ではドイツの技術委員であるウォルバルガ・グリムに責められた。そしてホテルに戻るなりロビーでステイプルフォードに小突き回され、もともと神経質だったルグーニュは限界に達した。

 本当にルグーニュが正しいと信じてロシアを1位にしたのなら、なぜ毅然と自己弁護しなかったのか、理解に苦しむところだ。ステイプルフォードのような意志の強い女性にも、やはり理解できなかったのだろう。取り乱した彼女を見たステイプルフォード、ルグーニュに何かやましいところがあったのだと確信した。だがベテランISUジャッジの藤森美恵子氏は、こう語る。

ルグーニュは昔から、情緒不安定なところがある人でした。レフェリーミーティングでも、感情的になって涙を見せたりすることはたまにありました

 ルグーニュはさらに、NYタイムズの取材でこう語っている。

 彼女はペアが開催される1日前の夜、カナダ人のジャッジ、ベノワ・ラヴォワからパーティーに招待された。それはポーランド人のアイスダンスジャッジのために開催された誕生日パーティで、このジャッジは同じポーランド出身のペアジャッジの親友だった。ルグーニュは、ラヴォワが明らかにポーランドの票を目当てにこの誕生パーティを企画したと理解し、そこまでやるカナダ勢が、もし自分がロシアを上につけたらどういう態度に出てくるのかを想像して震え上がったという。

 競技レビューのレフェリーミーティングは、試合の翌朝9時から行われた。ペアのジャッジ9人と、予備ジャッジ1人、そしてレフェリーを務めたアメリカ人のロン・ペニングの11人が参加をした。レフェリーは経験豊富なジャッジの中から任命され、大会の進行の責任者であると同時にジャッジ全員の監視役でもある。ロシアのマリナ・サナヤがなぜロシアに入れたのかを説明し、カナダのベノワ・ラヴォワがなぜカナダに1位をつけたのか説明した。このとき、ルグーニュは発言しなかった。

 ペニングは最後に、ジャッジ全員に手紙を手渡した。それには、彼自身はカナダに1位をつけたこと。そしてロシアを1位にしたジャッジたちは、「不正直だった」と書いてあったという。

「自分の意見を押し付けるのは、本来のレフェリーのやるべきことではない。まして証拠もなしにジャッジが不正直だったと決めつけるのは明らかにレフェリーとして出すぎた行為」

 ある米国のジャッジは、後日ペニングをそう批難した。だが実際こうして試合終了後のミーティングで、レフェリーが自分と違う順位をつけたジャッジを締め上げることはペニングに限らず珍しいことではなかったという。

 ペニングの手紙は「カナダにつけたジャッジは、公平で正直だった」と結んであった。

 このときルグーニュが、「ロシアのペアの演技のほうが、全体の質が高かった。フィギュアスケートは1つのジャンプだけで決まるスポーツではない」と毅然と主張していたら、歴史は大きく変わっていただろう。カナダに2個の金メダルが出ることはなく、フィギュアスケート審判全体の倫理が問われることもなく、新採点方式が導入されることもなかっただろう。

 だが実際起きたのは、次のようなことだった。
 
 ルグーニュが泣き崩れて、「自分の意志でロシアを1位につけたのではない。フランス連盟のガヤゲ会長からプレッシャーを受けたのだ」と発言した。

 こうして、パンドラの箱のふたがあけられた。

フィギュアスケートの審判はボランティアで、選出される事が名誉という人がなるという事らしい。しかし、情緒不安定の人が審判になると、何十年経っても語り継がれる、世紀の大誤審をやってしまう。

特権階級がなる名誉職というだけでは適任者を充てるというフィルター機能は働いていない。そのうち、精神分析を行わなければならないかもしれないね。

まあ、人権問題からそういうテストはできないから、新採点方式になったのだけど、それが果たしてきちんと機能しているかというと、余計酷くなり、悪用される結果となってしまった。

新採点方式になって誰が得したのか?というと、テョン国の某選手だったと思うけどね。アンダーを払い、審判から高得点を貰って、やっと開催に漕ぎつけたホラマサ五輪。果たしてそれに見合う五輪だったんだろうかね。
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